異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「あなたが、若菜が俺の手を握って死なせないと言ってくれたとき、心の底から安堵した。体温というのは、誰かの不安を和らげる力があるのだな」

 あやすように背中をトントンと規則正しく叩かれ、私は彼の行動の意味を知る。

 そうか、シェイド様は私を安心させるために抱きしめてくれたのね。

 彼の優しさに触れて、胸に湯水のように温かい感情が広がっていく。仕事柄人の心配ばかりしてきたので、こうして気遣われるのは久しぶりだ。

「居場所がないなら、俺と共に来てほしい」

「共にって、シェイド様はこれからどこへ向かうおつもりなんですか?」

「隣国のミグナフタ王は、俺がエヴィテオールの王になることを後押ししてくれていた。もしものときは匿ってもらえる手筈になっている。だが、隣国まで逃げるには兄上からの追っ手を退けられるほど兵力を整えなければ厳しいだろう」

 今日で幾分か重症度を下げることができたが、負傷兵の数は増えるばかりだ。なので兵力を回復させるのもそうだが、なにより新規の負傷兵の怪我の悪化を防ぐのも重要になってくるだろう。

「険しい道のりではあると思うが、俺は若菜からもらった恩を剣をもって返していけたらと思っている。だから身を寄せるところがないのなら、俺のそばにいてくれないか」

 この世界に私の居場所などない。でも、この人と共にいれば私の知識と技術を役立てることができる。私を必要としている人がいるのなら、できるだけ多くの人間に手を差し伸べたい。

 そっとシェイド様の胸に手を当てて身体を離す。お互いの視線がぶつかると、沈黙の幕が下りてきて他の負傷者たちの寝息が聞こえてきた。

 今にもこの手から滑り落ちそうな命をひとつでも多くこの世に留めるために、この戦地でできることをしよう。

「帰り道が見つかるまで、あなたのそばを私の居場所にしてもいいでしょうか?」

「もちろんだ。あなたが帰り道を見つけるその日まで、俺は全身全霊で若菜を守ろう」

 地上が暑い闇に閉ざされる中、私は夜空がそのまま擬人化したような彼の姿を目に焼きつける。柔らかい琥珀の瞳は月のように穏やかで、戦場にも関わらず居心地のよさを感じていた。


 翌日も翌々日も夜明けとともにニドルフ王子率いる戦勝軍が襲ってきて、多くの負傷兵が救護幕舎の中に運ばれてくる。それでも迅速で適切な処置がされていったために、戦地に戻せる兵の数も増えてきて、万全ではないものの体勢は整いつつあった。

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