異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「若菜はわかっていないようだから、これはもう一度守るという誓いの証だ」

 そっと離れていく唇の気配。私は額を両手でおさえて、しばらく放心状態のまま彼の目を見つめる。その間にも、シェイド様は私の黒髪を宝物を扱うような手つきで梳いていた。

「そうだ、髪をまとめるものが必要ならこれを使ってくれ」

 シェイド様はハッとしたように服の袖をまくり、手首に巻かれていた赤い打ち紐を解いて私に差し出す。無意識にそれを受け取ると、紐の中心に雫の形をした琥珀がついていることに気づく。

「これ、シェイド様の瞳の色と同じ琥珀ですね」

 親指と人差し指で琥珀を摘み、シェイド様の瞳と見比べて笑う。

「私の国にはあなたのような瞳の男性はいないので、初めて見たときは宝石みたいで綺麗だなと見惚れてしまいました」

 本心から出た感想だったのだが、シェイド様を困らせてしまったらしい。滅多に余裕を崩さない彼が、私を見て面食らった表情をした。

 ややあって我に返った様子の彼はため息をつく。そこには若干の呆れが滲んでおり、彼から軽く咎めるような視線が飛んできた。

「若菜、治療の現場にいないあなたは少々無防備すぎる。この数週間であなたの人となりは見てきたつもりだから、男を誘うつもりで言ったのではないことはわかるが、あなたを心配する俺の気持ちにもなってくれ」 

 困った人だな、という彼の心の声が聞こえてくる。

 私はどこに男を誘うような場面があったのか、と首を傾げた。思い返してみても、そのような破廉恥なことをした覚えはないのだ。

 悶々と考えていると、苦笑いが降ってくる。

 いつの間にか眉間にしわを寄せて俯いていた私は、顔を上げて彼の顔を見た瞬間に呆気にとられた。シェイド様の優しい眼差しは、どこか愛しさをはらんでいる気がしたからだ。

「不思議だな。他人のことがこうも気になるのは初めての感覚だ」

 これが情熱的な言葉に聞こえてしまうのも、瞳に渇望の色が滲んだように見えるのも、全ては何年も仕事に身を捧げてきて男性に免疫がなくなったがゆえの妄想だ。

 そう自分に言い聞かせていると、シェイド様は持て余している感情を抑え込むように作り笑いの奥へ隠す。

「あなたは私にとって、絶対に失くしてはいけない存在らしい」

 他人事のように呟いた彼が再び、私に手を伸ばしてきたときだった。

「王子、ここにいたのか!」

 血相を変えて走ってきたのは、アスナさんだった。

 シェイド様は伸ばした手を下ろして、アスナさんに向き直ると「なにかあったんだな」と表情を引き締める。

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