異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「若菜さん、危ない!」

 見渡す限り戦場で自分がどこにいるのかもわからなくなっていたとき、誰かが私の名前を呼んだ。足を止めて振り向いたときには、剣を振り上げる敵兵の姿が間近にある。

 私、ここで死んでしまうの?

 恐怖さえ感じる間もなく、私は固く目を閉じる。

 しかし、痛みはいっこうにやってこない。代わりにすぐそばで「ううっ」といううめき声が聞こえた。目を開けると誰かの身体がのしかかってきて、私は地面に尻餅をついてしまう。

 膝の上にうつ伏せに倒れこんでいる誰かの背中には赤い染みがあり、どんどん広がっていく。

 彼には見覚えがあった。そんな馬鹿なと否定をしながら彼を仰向けにして、その顔を確認した瞬間――。

「っ、あ……」

 みぞおちを打たれたように、声も立てられなくなった。

 私を庇った誰かは、ただ仲間と酒を飲み交わせるように生きて守って戦い抜くのだと、些細な幸せを望んでいたミトさんだったからだ。

「若菜、さ……ん、無事……ですか」

 力を振り絞って顔を上げたミトさんは弱々しく笑う。

 私は衝撃のあまり、彼の傷を手当てすることも忘れて放心していた。でも、頭の中では理解していた。ミトさんは心臓をひと突きにされており、手の施しようがないことを。

「今、まで……ありがと……う、ございま……した。これで、恩が……返せ……」

 そこで、ミトさんの声は途切れてしまう。

 私はここが戦場であることも忘れて、彼の手を握る。それは徐々に冷たくなっていき、また助けられなかったのだと無力感に胸が押し潰されそうだった。

「どう、して……っ」

 皆、なにもできなかった私にありがとうなどと言うのだろう。それが重くて仕方がなかった。

 悔しさに奥歯を噛みしめると、涙がボロボロと瞳からこぼれ落ちていく。それを拭いもせずに座り込んでいた私は「悪く思うなよ」と言う声でゆるゆると顔を上げた。そこには私に向かって剣を振り上げている敵兵がいる。それでもなお動けずに、振り下される剣をぼんやりと見ていると――。

「その女性に触れるな!」

 空気を震わせるほどの咆哮とともに、敵兵の剣が弾き飛ぶ。そのまま敵兵を斬り捨てると、すぐそばでシェイド様が片膝をついた。

「若菜、ここをローズに任せて離れる。立てるか?」

 優しく諭されたのだが、私はそこから動くにはなれなかった。唇を噛んで首を横に振ると、ミトさんの手を握り締める。

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