異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「申し訳ありませんが、呼ばれておりますので失礼します」

 ここで退場するのはかなり無礼だろうが、これ以上上司を待たせるわけにもいかないし、なによりこの場に留まることに耐えられなかった。

 私は踵を返して、シェイド様に背を向ける。後ろ髪を引かれる思いだったが、振り返ったところで険悪な時間が延長されるだけなので、私は一度も足を止めることなく苛立ちを募らせているシルヴィ治療師長のもとへ歩いていくのだった。


 【治療館】と書かれた看板を掲げるそこは、城の敷地内にある本館とは別の建物だった。

 二階には治療師とその見習いの寮があり、主に一階に講義ホールと治療室がある。それを淡々とシルヴィ治療師長から説明されて、私は治療師の制服に着替えさせられた。

 マルクが着ていたものの女性版で、白いスモックワンピースに月光十字軍の刺繍が施された濃紺のローブのセットだ。髪は前にシェイド様からもらった琥珀のついた赤い打ち紐でハーフアップに結んでいる。

「俺は座学はすかん、経験あるのみだ」

 シルヴィ治療師長はぶっきらぼうに告げると、私を治療室に案内する。部屋に足を踏み入れた途端、私は目を回しそうになった。

「これは、何事でしょうか」

 眼前に広がっているのは月光十字軍のローブを羽織った治療師と、ミグナフタ国の紋章が刺繍された緑のローブを身に着けている治療師たちが、バタバタと負傷兵の手当てに駆け回っている姿だ。 

「ここでは無償で貧民の治療をする町の施療院で見きれない患者を引き受けてるんだ。だから実践は嫌というほど学べるぞ」

 それだけ言って、患者の手当てを始めてしまうシルヴィ治療師長を呆然と見送る。

 経験だったら、これまで嫌というほど積んでいる。誰も師がいない状態で、誰がベテラン治療師なのかも定かでないのに、誰から実践を学べというのだろう。

 王宮治療師見習い初日から、この場を逃げ出したくなる。とはいえ、患者に罪はないので私も手当てに取り掛からなくては。

 しっかりしろ、と自分の頬を叩いて患者の元へ向かうと、すでにミグナフタ国の治療師が手当てをしていたのだが、その手技を見て驚愕する。

 傷口をアルコールの香りがする透明な液体で直接洗っており、なにも被せることなく乾燥させて放置。他にも真っ赤な顔で咳をしている、明らかになにかに感染しているだろう患者を別室に移動させていないのだ。これではこの部屋にいる患者に蔓延してしまう。

 まともな感染対策もされていない、処置の仕方さえ間違っているこの状況に唇がプルプルと震えて発狂しそうになる。

 ――もう、私がやるしかない。

 凄まじい眼力で周囲を見据えた私は、大きく息を吸って叫ぶ。

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