異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
 感染経路がわからなかった私たちは町に入る前にハーブを詰めた布を口元にあてて後頭部で縛り、肌の露出を避けるために革製の手袋とガウンを身に着けた。

 町に入って最初に感じたのは、静けさ。民はどこにもおらず、ゴーストタウンに来てしまったかのようだ。

 しばらく歩いて広場のような場所にやってくると、ようやく町人の姿を見つけた。黒のローブを羽織り、手を擦り合わせて祈りを捧げている。

「ミアスマをどうかお祓いください、どうか」

 町の人が口々に繰り返す単語に私は「ミアスマ?」と首を傾げた。すると同じように広場を見ていたシルヴィ治療師長が忌々しげに答える。

「瘴気のことだ。悪い気が病気の原因だって考えてるヤツらもいるんだよ。どうせ、ミアスマを払う代わりに多額の金を請求するインチキ聖職者どもが吹聴して歩いてるんだろ」

 なるほど、一種の洗脳みたいね。

 私も病棟で働いているとき、病気が治る聖水を押し売られたことがあると患者から聞いた。心身ともに傷ついているとき、神社で神様に願うように。人は誰かに縋りたい生き物なのだ。そんな人の弱さにつけ込むなんて許せない。

 モヤモヤした感情を抱えながら、私たちは町の城壁沿いにある施療院へとやって来る。芝生の上に建つ石材で出来た施療院はステンドグラスで作られた円形のバラ窓や扉口の天使の像など、華やかすぎず厳かな美しさがあった。

「ここは二千人が定員なんですが、今では患者が廊下にまであふれかえっていて……」

 深刻な顔で私たちを中に案内してくれたのは、この施療院の治療師だ。五十代くらいの男性で疲れ切った顔をしているのは、この凄惨な状況ゆえだろう。

 薄い布一枚敷かれた硬い石の廊下には発熱からか、顔面を紅潮させてうめいている。中には皮膚に膿がたまったブツブツとした袋状のできもの――膿疱や潰瘍、手足が壊死している者まで見受けられた。

 ――なんなの、これ……。
 
 全員が同じというわけではないけれど、似たような症状の患者が複数みられる。感染症には変わりないと思うけれど、目視だけでは特定は難しそうだ。

 改めて得体のしれない病原体と山のようにいる感染者に体が震えるのを感じながら、私たちは与えられた施療院の一室に荷物を置く。

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