むかつく後輩に脅されています。
「相楽、大丈夫なんですか?」
「いやあ、ひどいです。ゆり先輩ゆり先輩うるせーし。悪いんですけど、店に来てもらえませんか」
「でも……」
「お願いします。手に負えないんですよ」
「……わかりました」

 私は相楽の携帯を手に家を出た。送信された地図をもとに店へと向かう。よくある居酒屋だ。店内に入ると、飲み屋独特の喧騒が耳をついた。

「いらっしゃいませ」

 店員が近寄ってくる。その声に次いで、聞き覚えのある声が響いた。

「あーっ! ゆり先輩だ!」

 真っ赤な顔の相楽が、座敷からこちらを指差していた。視線が集まってきて、私は赤くなりながらそちらへ向かう。座敷には相楽ともう一人、同年代くらいの青年がいた。

「なあ、向井。俺の先輩美人だろ」

 相楽がヘラヘラ笑いながら、青年の肩をたたく。

「はいはい」

 向井はため息を漏らし、私に会釈した。

「すいません、来てもらっちゃって」
 多分電話の人だろう。声が同じだ。
「いえ」
「ゆり先輩も飲みましょうよー」

 相楽がヘラヘラしながら酒瓶を差し出してくる。私は酒瓶を取り上げた。

「あっ、何するんすか」
「あなた、明日も仕事でしょう。もう飲んじゃだめ」

 相楽は恨めしげにこちらを見て、ぷいと顔をそらした。

「もーいーんすよ、仕事なんか辞めるし」
「は?」
「ゆり先輩に振られたから、あの会社にいる意味ないし」
「……」
「釣りとかして無人島で暮らそっかなー」
「あなた、バカなの?」
「え、ぐえっ」

 私は相楽の襟首を締め上げた。

「松井物産の部長はあなたのこと気に入って、高い釣り道具までくれたんでしょう! その厚意を踏みにじる気!」
「せ、先輩、くるしい」
「女に振られたから仕事を辞める? 今まで三人新人を見て来たけど、あなたはそのなかで一番の馬鹿よ!」
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