むかつく後輩に脅されています。
 手を離したら、相楽がゴホゴホ咳き込んだ。向井が慌てて相楽に寄り添う。私は、冷たく相楽を見下ろした。

「少しは骨があると思った私がバカだったわ。辞めるなら引き継ぎの期間があるから、早く辞表を書きなさい」
「先輩、まって」

 相楽がよたよた追いかけてくる。私はそれを無視して歩いていく。店を出て橋を歩いている途中で、ばたっ、と何かが倒れる音がした。振り向いたら、相楽が地面に転がっていた。足を抱え、痛みに呻いている。

「……何してるのよ」

 私はため息をついた。相楽に近寄っていき、彼を抱き起こす。

「大丈夫?」

相楽はかぶりを振って、私にぎゅっと抱きつく。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、私は眉を寄せた。

「痛いわよ。離しなさい」
「辞めないから、嫌いにならないで」
「嫌いよ、最初から」

 要領が良くてお調子者で、やけに熟年層に好かれる。私はそう他人と上手くやれるタイプじゃない。天然で他人を惹きつける相楽が、嫌いだったんだ。

「私はあなたが大嫌い。辞めようがどうしようが、構わないわ」
「……」

 相楽がう、と呻いた。

「は……吐きそう」
「はあ!? ちょっ、待ちなさい」

 私は慌てて、相楽を近くの公園に連れて行った。


 静かな公園に、虫の音が響いている。真っ赤な顔の相楽が、ベンチに寝転がっていた。

「……すいません、先輩」
「本当、最悪ね」

 私は、相楽の傍に座った。彼に飲料水を差し出す。相楽はそれをひとくち飲んだ。私は彼の頭を見ながら口を開く。

「……エレベーターであったひとは、本当にただの知り合いなの」
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