むかつく後輩に脅されています。
 彼は私のこと、実際以上によく見えているんだろう。でもそれは、まやかしだ。いずれ冷める気持ちに過ぎない。そう思ったら、なぜか切なかった。さあね、と私は言った。

「あと5年くらいしたら、少しは重みが出るかもね」
「遠すぎますよ」
「そうでもないわよ。5年なんかすぐだから」
「じゃあ、あと5年は会社辞めません」

 相楽は珍しく真面目な顔で言った。単純なんだから。なんだかおかしくて、私は思わず笑う。

「頑張りなさい、義明」
「!」

 相楽ががばっと起き上がる。

「な、名前! いま名前呼びましたよね」
「さあね」
「呼びましたよ! もう一回呼んでください」
「嫌よ」
「いいじゃないですか、ねーねー、先輩」

 相楽が私のスーツを引っ張る。ああ、うるさい。こんな馬鹿を引き止めるようなこと、言うんじゃなかった。

 見上げた夜空には、一等星が光っていた。





 三カ月後、相楽が満面の笑みでVサインした。

「じゃーん。ギプス取れましたよ」
「よかったわね」
「へへ。これで先輩のことぎゅってできる」

 相楽が私を抱きしめようとする。私はその腕をさっ、と避けた。相楽が唇を尖らせた。

「むー。なんで避けるんすか?」
「もうあなたに脅される材料はないからね」

 画像は消去したし、怪我は治った。時刻は五時。今日は珍しく早く帰れる。

「帰って漫画描くから。じゃあね」

 フロアを出て歩き出したら、相楽がついてきた。エレベーターの前で、簡単に追いつかれる。私が睨むと、彼がにっこり笑う。まったく、怪我なんか治らなければよかったのに。
 エレベーターに乗り込むと、相楽が私を抱きしめてきた。

「ちょっ」
「一階に着くまでぎゅってしてていいですか?」

 彼は私の首筋に、すりすり頬ずりする。

「……嫌よ」

 相楽がくすくす笑った。

「先輩って天邪鬼っすね。そういうとこ好き」
「ばかじゃないの」

 エレベーターの鏡に映りこんだ私の顔は、真っ赤だった。

 むかつく後輩に脅されています/end
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