古都奈良の和カフェあじさい堂花暦
それはまだいい。
誰だって面倒ごとには関わりたくないに決まってる。

井戸田さんは外商部の主任や部長をはじめ上司たちにはことの真相を報告してくれたらしいけど、それで私が品川支店に呼び返されることはなかった。
間違いとはいえ、一度それなりに収まってしまったものをまた引っ繰り返すのには労力がいる。
私のためにそこまでしてくれようという気のある人は誰もいなかったということだ。

私が一番打ちのめされたのは、当時付き合っていた恋人までもがそれを機に離れていったことだった。

同期の矢崎航平とは、「同期会」と称した飲み会を何度か重ねているなかで親しくなった。
はっきりとそういう関係になったのが、就職して一年目の秋だったから四年近く交際していたことになる。
そこまで考えて私はふふっと笑った。

付き合ってたって思ってたのは私だけだったのかな。

今、思い返してみても「付き合って欲しい」だとか「彼女になって欲しい」なんて言葉は言われたことはなかった。

「悠花と一緒にいると落ち着く」
「悠花のそういうとこが好きだな」

そんな言葉を愛情のしるしだと思って、いつかは一緒になるものだと思い込んでいた少し前の自分を自分で笑ってやりたくなる。

売り場で平手打ちをくらって、上司にいわれのない叱責を受け、なかばパニック状態になって帰宅した私がその夜、震える手でかけた電話に出た航平は私以上に冷静さを失っていた。

「どういうことなんだよ、説明してくれよ」
「私だって何がなんだか分からないわよ!」

涙声で訴える私に、
「泣くなよ。泣きながらワーワー言われても何がなんだか分からないよ。ちょっと冷静になったら整理してメールして」
そう言って航平は通話を切った。

切れた電話を握りしめたまま、私は茫然とするしかなかった。









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