白に染まる、一滴の青。
「でも、僕が描きたいと思ったのは。僕が、一番強く惹かれたのは……僕じゃない人のことを考えている先輩の横顔でした」
窓の外に見える、彼女の想う人。それを眺めている彼女は、完全に僕の知らない表情をしていた。
いつもの白とは違う、濃くて、深くて、濁りのある群青。そんな、人間らしい彼女の色に僕は触れてみたいと思った。触れられないと分かっていながらも、筆を走らせることで彼女の色に。彼女の気持ちに、寄り添おうとしていた。
「先輩。最後の一枚、見てください」
「え?」
僕の一言に、彼女の目がまるまると大きくなる。
まだあったのかと言いたげに驚いた表情を浮かべた楓を、自分の側にあるイーゼルまで手招く。反対側から、キャンパスに描かれた絵の見える正面までやって来た彼女は、絵を見るとさっきよりも目を丸く見開いた。
「慧くんに、初めて会った日だ」
夕陽の差し込む廊下。その窓際で、窓の外を眺めながら涙を流していた楓。恐らく彼女は、あの窓から見える職員室。そこにいた本多を見ていたのだと今なら分かる。
今までで一番、大切に、慎重に、だけど描きたいという気持ちは惜しまず全部ぶつけた一枚だった。慧にとって、“唯一”と言えるその作品は彼女の心を動かせたのか、彼女は一粒の涙を頬に伝わせた。
「私、慧くんに出会えて良かった」
楓は、桜色の薄い唇。その口角を優しくあげる。
「僕もです」
慧だって、楓と同じ気持ちだった。
彼女に出会うことが出来て、慧の人生は180度変わってしまった。そう言っても過言ではない程、今年の夏は彼女に色づけられ、満たされていた。