クールな御曹司の甘すぎる独占愛

だが、いざ当事者になると平然とはしていられない。しかも相手は水瀬だ。レストランのときもそうだったが、歩き方はぎこちなく、神経は触れ合う左半身に集中する。

水瀬がなにか話を振ってくれれば多少気は紛れるだろうが、さっきから彼は押し黙ったまま。無言でエレベーターを降り、奈々の誘導で左手の通路を奥まで突き進む。

つい最近まで海外にいたと言っていたから、水瀬の女性に対する扱いは普段から距離感が近いのだろう。奈々に対してだけ特別なわけではない。これは普通。別にたいしたことじゃないから。念仏のように頭の中で何度も繰り返す。


「ここです」


ドアの前で立ち止まり、「今日はありがとうございました」と頭を下げたときだった。

奈々の腰に添えられていた水瀬の手にぐっと力が込められる。そして腰を強く引き寄せられたかと思えば、奈々はそのまま水瀬の胸に飛び込む体勢になった。彼のもう片方の手が、奈々の背中に回される。信じられないが、不意打ちで抱きしめられたのだ。

急速に高鳴る鼓動。奈々は水瀬の腕の中で、どうしたらいいのか、なにが起きたのかわからなかった。

どれくらいの時間が流れたか。ふと、水瀬の腕の力が弱められる。身体を引き離され、水瀬の視線を感じた奈々の頬が急速に熱を持った。
それをどうにもできず、奈々はただうつむくばかり。


「奈々さん、おやすみ」


水瀬にそう言われても、奈々はこくんとうなずくばかりだった。

< 60 / 322 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop