はつ恋【教師←生徒の恋バナ】
坂下のマントに包まれた私に、辺りを見回す手段は無い。



耳を澄ますと、足音が近付いてくるのが聞こえた。



「神谷さん、何か用ですか?」



神谷って…。



「ワカに…会わなかった?」



やっぱり、深夏だ。



顔を上げようと思ったけど、隠れている最中だと思い出して、私はじっとしていた。



「いいえ。」



嘘をつく坂下の心臓の音が、少し速くなった。



私は耳をあて、それを感じ取る。



「ワカったら、どこ行ったのよ…。」



「心配ならば何故、桐生さんが講堂を飛び出した時に追いかけなかったのですか?

私が騒ぎを聞きつけ来た時、神谷さんはまだ講堂にいらしたでしょう。

友達より、記事が大事ですか?」



坂下の言葉や口調には、トゲがあるように思えた。



「先生、私が切り札持ってること忘れてない?」



深夏が、ムカついた口調で言う。



「だからこそ、私は言うとおりにしているでしょう?」



「そう、だったら良いし…。

それより、こんなとこで何してるの?」



「もし、桐生さんがここに来たなら、追い返そうと思いまして…。

ここは、1人で居るには淋し過ぎます。」



沈黙が流れ、次第に足音が遠ざかる。



「もう良いですよ。」



坂下の言葉で、私は包まれたマントから頭を出した。



坂下は私から少し離れてタバコを口にすると、一昨日みたいに激しく咳き込む。



「先生、タバコ止めた方が良いんじゃない?」



背中をさすると、坂下は落ち着いてきたようだ。



「先生は…。」



深夏との間に、何があったの?



なんて、聞けなかった。



「昨日のこと、大丈夫だった?」



坂下が、私の頭を撫でる。



「教頭先生には叱られましたが、桐生さんが心配するようなことはありませんよ。」










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