愛してるからこそ手放す恋もある

会社では総務部に入ったとたん声が飛んでくる。『佐伯さんもういいの?何処が悪かったの?』心配してかけてくれた言葉だろう。でも、いまの私には、それは興味本意にしか聞こえない。

「長い間お休みしてすいませんでした。これみなさんで召し上がってください」

途中で買ってきたお菓子を手渡す。
女ばかりの職場、癌で、子宮と卵巣を取ったと言えば、噂話の種を与える事になる。ましてやこれから抗がん剤治療で髪も抜けてしまう。私を同情もするし、慰めの言葉も掛けてくれるだろう。だが、何処まで私の気持ちを分かっての言葉だろう…?

今や二人に一人、癌になると言われる時代だ。誰が癌になってもおかしくない。最近では芸能人も会見を開き『乳癌で、乳房を切除しました。でも今は再建も良くなってますから』と笑顔で公表する女性(ひと)もいる。また、『胃癌で胃を半分切除しました。食べる量が減ってダイエット出来て不幸中の幸いです』と笑うひともいる。だが、心の底から笑ってるひとはいないと思う。

そんな映像を見て安易に「可哀想…」「大変だったのね…」「辛かったでしょうね?」「でも治って良かったわね?」と視聴者は言う。だが、彼女達の本当の辛さはしらない。私もその中の一人だった。

治療が一区切りしても、何年も再発というリスクに怯えなくてはいけないのだ。

「すいません。課長と約束してますので…」と総務部を後にした。課長にはすでに連絡を入れており、小会議室で待ち合わせしていたのだ。

課長を待たせない様に急ぎ向かい、小会議室のドアを開けると、既に課長は待っていた。

「すいませんお待たせして…」

「佐伯さん、体はもういいの?自宅に電話しても、ご家族の方も何も教えてくれないから、心配してたんだよ?」

「長い間お休みしてすいませんでした。体の良くなくて…本当に勝手ですが、このまま退職させていただきたいと思います。宜しくお願いします」

私は鞄から退職願いを出すと課長へ差し出した。

「え?佐伯さん…」

私は課長に有無を言わせず「ご迷惑おかします」と再び頭を下げた。

「ちょっ…」

そして課長の言葉を遮るようにドアを閉めるとその足で更衣室へと向かった。




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