オオカミ回路 ♥️ うさぎスイッチ(処体験ガール再編集)
まあ、確かにユリさんの言うとおり、

そりゃあ、もう鬼のような形相だったよ、籐堂さん。

このアパートは、道路を挟んで向こう側に川が流れてるんだけど、

まず、首根っこ捕まえられて、引きずられて、その土手に向かって放り投げられた。

私がカギ投げ捨てた時みたく、

ポ~ン……っと、

キレイな放物線を空に描いて、私が土手の草むらに落下する。


『探せっっ!!!!』

『ヤダッ!見つかったら、籐堂さんユリさんに会わないで帰っちゃうじゃん!!』


大体、夏草が背も高く伸びきってて、足元だって見えやしない。

手のひらサイズの物なんか、そう簡単に、


『見つかるわけないっつ~のっ!!藤堂さんのバ~カっ!!』

『殺すぞテメエ!探せっつってんだよっ!!ぁあああ~っ!?なめてんじゃねえぞっコノくっそガキがぁあああっ!!』


軽く“鬼ごっこ”したりですネ、

プロレスのマネとか?

ほら、悪役のレスラーが相手の髪つかんだりするデショ?

アレね、アレ。

だから私もお返しに、籐堂さんの耳に思いっきり噛み付いた。


「……まあ、そんなワケで、いろんなところに噛み痕あっても、そこんトコは籐堂さんの浮気ってわけじゃないから、心配しないでね?ユリさん」

「勇者~……花美……」


居間で、私の顔の傷に絆創膏を貼りながら、ユリさんが苦笑いを浮かべてる。

そして、


「ゴメン…籐堂が…、本当に、ごめんね……」


うなだれるように、深々と、ユリさんは私に向かって頭を下げた。


「違う。ユリさん、違うから、謝らないで」


だって、謝ることなんて、ひとっつもない。

こんなの、たいした傷じゃないし、大体、私が一番悪い。

籐堂さんがオンナに手加減するってわかってて、けしかけた。

私ね、いわゆる“ヒトを見る目”って、自慢じゃないけど結構あったりするんだあ。


覗き込むと、ユリさんは泣いてなかったけど、

硬く目を閉じたまま、ピクリとも動かない。


「わかってるでしょ?ユリさん。籐堂さんが本気なら、この程度で済むわけが無いじゃん」

「…でも」

「卑怯なコトしたのは、私のほうだよ。謝らないで」


いつのまにか、暑苦しいセミの声は消えてて、代わりに土手の向こうから、そよそよと、涼しい風が部屋の中に入ってきた。

ユリさんのキレイな赤みがかった茶色の髪が、サラサラと風に揺れる。

真夏の夜7時の明るさが、それに便乗して、ユリさんの髪や皮膚についてる水滴を、輝やかせてる。


すごく、キレイで……


――キレイだったの……


昨日の残像に、今なおココロが惹きつけられてやまない。

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