目を閉じたら、別れてください。

「お、起きたか」

ごそごそと玄関で物音がして起きる。
彼が脱いだジャケットを、ソファの背もたれにかけているところだった。
手には、私が渡した合い鍵。
彼の後ろの壁にかけられた時計を見たら、まだ時間は早い。
彼は、定時で上がってきてくれたようだ。

「……仕事は?」
「最近、体調良くなかったんだって?」
テーブルに栄養ゼリーやポカリ、風邪薬を置きながら私の質問には答えなかった。

「明日はちゃんと病院行けよ。今日は市販の薬で我慢しとけ」
「……」

薬に手を伸ばす。この薬は鮮明に覚えていた。

「お前さ、ドレスの試着、二回ぐらいドタキャンしてんだろ? 体調悪いんだったら――」
「この風邪薬の、CMしてる女優って名前なんだっけ。モデルさんだったけな。かわいい子」
「奈々子だったかな。ほれ、水」
「ありがとう。ちょっとまだ眠いんだけど」


そのモデルの本名は奈々子だけど、芸名は違うんだよ。
薬は飲むふりをして捨てた。
なので、私の風邪は治らなかったのだった。
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