妖精の涙【完】


「あ…」


それからその店を出て帰路を歩いていたとき、ようやくといった感じに大粒の雨がザーザーと降ってきた。

着ていた服が濡れて一気に色が変わっていく。


「仕方ねえ、あの店に入るぞ。おまえらが雨宿りしてる間に俺が馬車呼んで来るから待ってろ」

「頼むわね」


髪が濡れて重たくなった。

頭が重いんだろうか。

心が重いんだろうか。


鉛のような雨だとティエナは思った。


そして入ったお店はカフェで、お客さんは誰もいなかった。


「いらっしゃいませ。ずいぶんと雨にやられましたな」

「まったくよ。こんなに大荷物なのに」

「よろしければ奥をお使いください。着替えた方がよろしいでしょうし、タオルもございます」

「あら、準備がいいのね」


このカフェのマスターだろうか。

店員はこの人だけみたいで、まさに紳士、といった背筋ののびたおじいさんはカウンターから出てリリアナから誘導してくれた。


「こうして雨宿りしてくださるお客様のためにご用意するようにしておりますが、着替えを持ち込まれたお客様は今までおりませんでしたよ」

「ふふっ、言うじゃない」

「申し訳ございません」


終始和やかな2人の声を聞きながらぐるりと店内を見渡した。

落ち着く茶色い壁と床。

椅子とテーブルも木製で、壁には絵画や刺繍が入ったハンカチなどが額に入って飾られている。


再びカウンターに向き直ると1枚の写真が飾られており、茶色いその写真は家族写真だろうか、いろいろな年代の人が映っている。

おじいさんを見つけたがだいぶ若かった。


「私の若い頃の写真でございます」


眺めていると戻ってきたおじいさんに声をかけられた。


「家族写真ですか?」

「いえいえ、ここの常連様です」

「そうなんですね」

「と言いましても、先代のですがね」


まもなくしてリリアナが戻ってきたため振り向くと自分で選んだ服をばっちりと着こなしていた。


「なかなか悪くないわね…あなたも着替えていらっしゃい」


その場でくるりと回ったリリアナはティエナにそう言うとカウンター席に座った。

ティエナも奥に行きタオルで拭いて着替えて戻り、彼女の隣に座るとちょうどコーヒーが出された。


「似合ってるじゃない」

「そうでしょうか…」

「自信を持ちなさい。女は堂々としていた方がいいのよ」


きっとそれは彼女だから言えることだ。

王女である以上、自分の意見をしっかりと持ち、聡明で、綺麗な女性でいなければならない。

自分はここにいるんだぞ、と主張しなければならない。


一方、自分たちは影だ。

隣にいても目立たず、ひっそりといるだけ。

逆に主よりも目立ってはいけない。

問題を起こしてもいけない。

話しかけられてもあしらわなければならない。

中傷を受けようが黙っていなければならない。

侍女は耐え忍ぶ職業だ。


コーヒーに砂糖とミルクを入れて掻き混ぜて飲む隣を見て、コーヒーも飲めたんだ、と思った。

いつも紅茶ばかり出していたのは間違いだっただろうか。


「堂々と…」


無意識にそう呟くとリリアナが反応した。


「あなたが今日選んだ服は堂々としていると思うわ。だからあとはあなた次第よ」

「私次第、ですか?」

「いくらマネキンにドレスを着せたってそれはただの布。人間が着てこそ洋服になるんだからね」


着ているものをただの布にするか洋服にするかは自分次第よ、と言われて紺色のワンピースを見て、茶色いブーツを見た。

人が着てこそ服になる。


じゃあ、今の私はマネキン…?


卑屈な考えが浮かびそれ以外考えるのをやめ、冷めるといけないと思いコーヒーを飲むと驚かれた。

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