妖精の涙【完】
「ブラックで飲めるの?」
「あ、はい。特にこだわりがないので」
「マスターに喧嘩売ってるのかしら。こだわりがない、なんて」
「いえ、そんなことは…」
マスターを見ると肩をすくめられた。
「私も元々はこだわりはございませんでしたよ」
「そうなの?」
「はい。ですが、私から言えることは砂糖を入れた方が美味しくなるということです」
「ほら、入れなさい」
ポチャン。
角砂糖が横から割り込んできて黒い液体に溶けていった。
「ミルクもあるとなおよろしいですね」
「あたしってやっぱりわかる女ね」
ポチャポチャ。
ミルクも入ってきた。
スプーンでグルグルと混ぜられ、あっという間にブラックコーヒーから違うコーヒーに変身した。
隣を見ると器用にウインクされ、そっとカップを持ち飲んでみると確かにさっきよりも飲みやすくなっていた。
「確かに飲みやすくなりました」
「そういう感覚で飲んでたの?」
「すみません…」
「お買い物でお疲れでしょうし、甘い方が美味しく感じられると思いますよ」
リリアナに謝るとマスターの解説が入った。
それもそうだ、とマスターの言葉に頷きつつ飲んだ。
そしてオルドにレモンの砂糖漬けをあげたときのことを思い出してまた憂鬱になった。
僅かに俯いていると、なんだかいい匂いがして顔を上げた。
「何を焼いてるの?」
「ワッフルでございます」
「まあ、楽しみね。ちょうど小腹がすいてたのよ」
頼んでないのにコーヒーが出てきてワッフルも焼くなんて大丈夫なんだろうか、と思った。
勝手なことするなってお客さんに怒られそうだし、自分たちは初見だ。
好き嫌いも確認せずによく焼いたりできるなあ。
「ああ、心配しないでちょうだい。さっきコーヒーと何か甘いものを、って頼んでおいたから」
「…私はそんなにわかりやすいですかね」
リリアナには何でもお見通しだ。
「そうでもなかったけど、最近はわかるようになったわ」
その言葉にギクリとしたがなんでもないふりをしてコーヒーを手に取った。
コーヒーで舌を火傷しないようにちびちびと飲んでいると、ふとコーヒーの水面に歪んだ顔の自分が見えた。
この黒い液体にさっき自覚したばかりの気持ちを砂糖みたいに溶かしてしまいたい。
そんなことをティエナは漠然と思った。
「失礼いたします、お熱いのでお気をつけください」
前から置かれたプレートにはワッフルしか乗っていなかった。
そして、2人の間に置かれたのはジャムや蜂蜜の小鉢と、イチゴやブルーベリーなどのカラフルなフルーツが盛られた小皿だった。
「ご希望でしたらバニラのアイスクリームもございます」
「それちょうだい」
「かしこまりました」
「わ、私もお願いします」
「かしこまりました、ただいまご用意いたします」
2人で顔を見合わせてから、じろじろと用意されたトッピングたちを観察した。
こんなの初めてだ。
そのうちマスターが戻ってきてワッフルの横にアイスが乗ると、ワッフルの熱で溶け始めた。
「ああ、溶けちゃう溶けちゃう」
「溶けたアイスを絡めてお召し上がりください」
「そういう趣旨だったのね」
「はい」
トッピングを添えてナイフでワッフルを切りフォークで口に運ぶとそこまで甘くなく、コーヒーによく合った。
「コーヒーをお願いできるかしら」
「私もお願いします」
「はい、ただいまご用意いたします」
「…あなたも欲張りね」
「リリアナ様も乗せすぎです」
お互いのプレートを見合って笑っていると、カランカランと入り口のベルが鳴る音がして振り向くとびしょ濡れのギーヴが恨めしそうに立っていた。