蜜月は始まらない
「勘弁してくれ。華乃は……もう少し、危機感を持った方がいいんじゃないか?」



顔はほとんど窓の方に向けながら、視線だけをこちらに寄越して彼が言う。

その色っぽい流し目にまたドクンと鼓動が高鳴る、けど。



「え……危機感、て……?」



疑問に思ったことをそのまま口にすれば、私を見る錫也くんの目がすっと細められた。

一瞬か、それとも数秒だったのか、視線が交わる。

頬杖から身体を起こした彼が、無言のままこちらに左手を伸ばしかけて──やめた。



「……ダメだ。頭、働かない」



まるで独り言のようにつぶやいたかと思ったら、座席の背面に深くもたれて目を閉じる。

いやに早鐘を打つ自分の心臓の音に戸惑いながらも、その綺麗な横顔に「錫也くん?」と声をかけた。



「情けないだろ。ビール2杯で、このザマ」



まぶたを下ろしたまま言ったかと思えば、自嘲的な笑みを浮かべる錫也くん。

私はぎゅっと、膝の上の両手を握りしめる。



「そんなこと……錫也くんが情けないなんてこと、どこにもないよ」



自分でも思いのほか、必死で弱々しい声だった。

錫也くんが目を開けて、こちらを見る。

さっき震えそうになっていた声音を誤魔化すように、わざとらしいくらい明るい調子で話した。
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