蜜月は始まらない
「それを言うなら、私の方がずっと情けないよ? だってほら、私は結婚の約束までしてた人に浮気されちゃうような女だし」



自虐っぽく言って、へらっと笑ってみせる。

錫也くんも、笑ってくれると思ってた。

なのに彼は眉間にシワを寄せ、険しい表情で私を射抜く。



「どこが。華乃がどうとかじゃなく、それはただ元カレがクソ野郎だっただけの話だろ」

「え……」

「前から思ってた。悪いのはゲスな真似した男の方なのに、どうしておまえが、そうやって申し訳なさそうにしなきゃならないんだ」



飾り気のないその言葉が。強い口調と裏腹な優しい眼差しが。

私の心を揺さぶって、じわりじわりと体温を上げる。



「あ……え、と」

「華乃は優しすぎる。というか、甘すぎる。その元カレと別れるときも全力でぶん殴って歯の1本や2本折ってやるくらいしても許されたし……というか俺が代わりに引きずり回してやっても……」



ものすごく物騒なことをつぶやきながら、また錫也くんは眠気の波に襲われているようだ。

まだ何やらブツブツ言っているが、小さくて途切れ途切れなその発言はよく聞き取れない。

……聞き取れていても、不穏な内容に困っていたかもしれないけど。
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