蜜月は始まらない
気が抜けたように返事をして、けれどハッと我に返る。



「私のも! 持ってくるね!」



慌ててソファから立ち上がり、一度席を外して預金通帳類を手に舞い戻る。

同居前から、家計は私が預かることになっていた。

お金に関する現実的なことを話し合っていると、これまで以上に気が引き締まる思いだ。



「花倉の給料は、手をつけないで取っておこう。俺は今でこそこうして第一線で戦えているけど、野球選手は普通のサラリーマンと比べれば引退もずっと早いし……ケガなんてあれば、先がどうなるかわからない職業だから」

「うん、わかった。無駄遣いはせず、ちゃんと、締めるところは締めさせてもらいます」



両手のこぶしを握りしめ、キリッと凛々しい表情をしてみせた。

そんな私を見下ろして口もとを緩めた彼がうなずく。



「ああ、任せた。頼りにしてる。……あとは、これ」



柊くんに頼られたことをうれしく思う私の手に、今度はまた別の物を押しつけられた。



「わ、きれい……」



自分の手元にあるそれをまじまじと見つめながら、無意識に声が漏れる。

桜の……小物入れ、かな。

B6サイズほどの箱本体は、淡いピンク色だ。
蓋の上全体を覆うように、繊細な桜の花の飾りがいくつも重なり合っている。



「ホワイトデーのお返し。遅くなって悪かった」

「えっ、いやそんな、数日だし! むしろ私こそバレンタイン結構過ぎてたし! というか、わざわざお返しだなんて……っ」



顔の前で片手をブンブン振りながら慌てて答える。
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