蜜月は始まらない
この写真を撮る直前、錫也くんが『大丈夫か』と声をかけてくれたことを思い出す。

顔をしかめ、ともすれば怒っているようにも見えた彼の表情は……その実困りながらもただ心配してくれていたんだと、あのときの私はちゃんと気づいていた。

少しわかりにくいところもあったけれど、いつだって優しかった錫也くん。

あれから10年経って一緒に暮らしながら、変わらない優しさをいつも感じている。


……それから。

私の作ったごはんを『おいしい』と言って食べてくれるところ。

SNSのやり取りの最中、たまに不意打ちで変なキャラクターのスタンプを送ってくるところ。

無意識に、こっちが照れてしまうようなちょっと恥ずかしい褒め言葉をくれるところ。

ネコが好きなのに、どうしてか懐かれないことを実は結構気にしているところ。

たまに、意地悪なところ。

他にも、もっとたくさん。こんなにそばで見ることができるようになってから知った彼の一部を、いとおしく思う自分がいて。

──……ああ、やっぱり。



「……やっぱり、好きだなあ……」



自然と、そんなつぶやきが漏れていた。

そしてすぐにハッとし、私はスマホを持っていない左手のひらで口もとを押さえる。

今……私、なんて言った?

自問しながら、さーっと顔から血の気が引いていく気がした。

違う。錫也くんに想いを寄せていたのは、昔の話。

今は、違う。……違う。

この関係のバランスを崩してしまうようなことは、しちゃいけな──……。



「……華乃?」
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