蜜月は始まらない
ビクッと肩を震わせて、声が聞こえた方向に顔を向ける。

いまだぼんやりした表情の錫也くんが、薄く開いた目で私を見つめていた。



「っあ……錫也くん、起きた?」

「ん……」



動揺しつつも発した私の言葉に、彼は緩慢な動作でむくりと上半身を起こす。

さっきのつぶやきは……聞かれては、いないっぽい?

内心鼓動を速くしながら、私は笑顔を作ってみせた。



「ごめん、目の前にいてびっくりしたよね。えと、おかえりなさい。遠征お疲れさまでした」



そう言うと、ソファの上の錫也くんはぱちぱちとまばたきを繰り返す。



「……ただいま。けど、お疲れさまは華乃もだろ。あと、おかえり」

「あはは、ありがとう。ただいま」



今度は、自然に笑えた気がした。

……危ない。
さっき無意識に漏れた言葉のことは……認めるわけにも、悟られるわけにもいかない。



「ごめん、おなかすいたよね。すぐごはん作るね」



早口で言いながら、逃げるように立ち上がろうとした。

けれどそれより先に、左の手首を掴まれて心臓が大きくはねる。



「え……錫也、くん?」



無表情な彼が、じっと私のことを見つめていた。

向けられるその瞳から、今彼が何を考えているのかは読み取れない。
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