蜜月は始まらない
錫也くんのチームメイトたちへの挨拶が実現したのは、彼に話を持ち出された日からちょうど3週間後のことだ。

月曜日である今日、東都ウィングスのみなさんは関西の遠征から都内に戻ってきて、明日はホームでのナイターだから朝は比較的ゆっくりできる。

ちなみに私の場合今日は閉館日でお休みだったうえ、たまたま明日もシフトを入れていない日だった。

もしかして錫也くんが気を回してくれたのかな……?と考えると、申し訳なくもうれしく思ってしまう。



「これから行く店、先輩の知り合いがやってる居酒屋で融通きかせてくれるから、大勢集まるときは俺らよくお願いするんだ」

「そうなんだ。楽しみ」



現在は18時過ぎ。集合場所のお店に錫也くんとタクシーで向かいながら、そんな会話をした。

楽しみ……なのは本当だけど、緊張でドキドキもする。

だって、錫也くんのチームメイトのプロ野球選手たちが待ってるんだよ? 来る人の名前ちらっと教えてもらったけど、一軍で活躍してるような有名な人たちばっかり!

しかも私は、“錫也くんと一緒に住んでる婚約者”というていで紹介されるんだ。

こんなの、緊張しないわけがない……。

運転席の真後ろでカチコチに固まっている私に気づいたのか、左隣にいる錫也くんが顔を覗き込んできた。



「華乃、大丈夫か?」

「き、緊張してるときって、手のひらに『人』って300回書いて飲み込むといいんだっけ……」

「大丈夫じゃないな」



そう返した錫也くんの声音は、こちらの気も知らず若干の笑みを含んでいる。

私はうらめしく彼を横目で見やった。
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