戦乱恋譚
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「…ついに、この日が来ましたね。」
空には、煌々と満月が輝いている。緊張した面持ちの伊織が、そう呟いた。
私の手の中には、“龍”の依り代がある。“彼”を呼び出す準備は整った。
「…本当に、いいのですか?」
伊織が、少ない荷物を持った私を、ちらり、と見上げた。
「いいの。この国には戻らないって決めたから。この部屋も妹に引き渡すし、仕事の人にも、ちゃんと言って来たし。」
もう、私に迷いなどない。伊織も、そんな私の心中を察したのか、穏やかに笑って頷いた。
しぃん、と静まり返る部屋。微かな緊張感が漂う中、私は“例の言葉”を口にした。
「“神聖なる式神様。力を持って依り代に宿り、我に仕えよ。”」
フローリングの上に現れる陣。
光を帯びた依り代、どくん!と大きく脈打つ。
「“折り神、顕現!”」
パァァァッ!
深夜のマンションの一室から、まばゆい光が漏れた。
その瞬間、私と伊織の前に、翠の瞳をした和服の青年が現れる。
『───お呼びか、姫様。』