戦乱恋譚


はっ、として、目を開けた。伊織は、お社に背を向け、柱に寄りかかっている。

彼の言葉に、脳裏をよぎったのは、かつての“彼氏”だった。


「…好きな人がいたんだけど、振られちゃったの。この世界に来る数分前にね。」


「!すみません。」


「あ、いいのいいの!もう、吹っ切れてるから。」


慌てる伊織に、つい吹き出す。

この世界に来て、がらりと生活が変わった。目まぐるしく過ぎていく毎日に、振られたことを悲しむ暇なんてなかった。

優しい屋敷の人と、賑やかな折り神。そして何より、私を大切にしてくれる伊織のおかげで、思っていたよりも簡単に失恋を乗り越えられたのだ。

私は、手を合わせながら心の中で尋ねる。


(…伊織はいないの?好きな人。)


それは、私が口にするには、とても勇気がいる問いだった。だが、妻のふりをし始めてから、ずっと気になっていたことでもある。

彼は、神社に手を合わせない。そういう人が居ないからなのだろうか。それとも、もっと別の理由が…?

歳下の彼の周りには、敬語なんて使わない関係の可愛い女の子がいるはずだ。容姿端麗な伊織は、きっとモテるに決まってる。

気になる。とてつもなく気になる。…それは、仮とはいえ自分の夫のことだからか?


(…いや、違う…)


そっ、と、伊織へ視線を移す。さらさらとした亜麻色の髪が風になびいた。

白銅の瞳と目があった瞬間、どきん、と心臓が音を立てる。


(…私、伊織に惹かれてるんだ。)


強くて、優しくて、誰が見ても当主にふさわしい人だけど。…弱くて、臆病で、そんな自分と必死に戦っている伊織が…“好き”なんだ。

離れで過ごした二人っきりの時間。彼をもっと知って、側で支えたいと思ったあの夜から、私は恋に落ちていたんだ。


「華さん…?」


…と、伊織が私の名を呼んだ

その時だった。

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