Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 「お疲れ様。」

 中に入って来たのは雨宮だった。

 「雨宮さん…お疲れ様です。片付け終わりましたので、もう出ますね。」

 雨宮が開けた扉から一緒に出ようと思って、千紗子が彼の横に行った時、雨宮は手に持っていた扉をパタンと静かに締めた。

 「あ、まみや、さん?」

 電気を消してブラインドを下ろした会議室は昼間でも薄暗い。
 しかも電気を消したばかりなので、千紗子の瞳はまだその暗さに慣れない為、目の前の雨宮の顔もよく見えない。

 「あの…?」

 千紗子の額に温かなものが当てられた。
 それが雨宮の手の平だと、千紗子はすぐに分かった。

 「うん、熱はないな。」

 千紗子の胸がドキッと波打った。

 良く分からないまま額を触れられているのに、千紗子の体はそれを拒否することはない。
 それどころか勝手に胸が疼いて、心臓が早くなっていく。

 「ミーティング中に顔が赤かったから、また熱が上がったのかと思ったぞ。」

 「そ、それは……」

 雨宮に気付かれていたことに、動揺する。

 「朝も公園を抜けるのにずいぶんと時間が掛かっただろ?体が冷えてまた熱を出すんじゃないかと、ハラハラしたぞ。」

 数分前までとは全然違う、雨宮の声が柔らかく耳に届く。
 その声は、たっぷりとハチミツを加えた紅茶みたいに、千紗子の耳にトロリと流れ込んでくる。

 「千紗子。」

 名前を呼ばれた瞬間、千紗子の体を震えのようなものが走り抜けた。

 「あんまり心配させるなよ。」

 額に当てた手がそっと滑るように頬を撫でて、千紗子の背に回る。彼の爽やかなのに少しだけ甘い香りが千紗子を包む。
 そのまま両腕でそっと抱きしめられて、頭のてっぺんに柔らかな感触が当たった。

 「今日は定時で上がるように。」

 言っている言葉は『上司』のものなのに、その声色はひどく甘い。

 そっと体を離した雨宮は、静かに扉を開けて出て行った。

 千紗子はミーティングの間中感じていた違和感に、とうとう気付いてしまった。

 (二人の時の雨宮さんは甘すぎるわ……こんなに違っていたなんて……)
 
 真っ赤になった体が元に戻るまで、千紗子は薄暗い会議室で立ち尽くしていた。

 
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