Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 千紗子にブランケットを掛けて、彼女の顔にかかっている髪をそっと指で払ってやる。
 昼間ものすごい勢いで仕事をしていた千紗子は疲れているようで、ぐっすりと眠っている。

 (よく働いていたからな。時々、挙動不審だったけど。)
 
 雨宮はクスリと笑いを漏らした。

 仕事中、視線を感じてそちらを見ると、千紗子と目が合ってすぐに逸らされる。そして彼女は焦ったように仕事に向かう。
 そんなことを幾度か繰り返しているうちに、雨宮にも千紗子の態度がいつもと違うことに気付いたのだ。

 それまで雨宮を前にしても、特に他の男性職員への態度と変わらなかった彼女の、この変化を喜んでいいのかどうかは分からない。

 (あんなふうに俺の前で乱れたことが恥ずかしかったんだろうな。)

 一昨日の夜、自分の手と唇で乱れる千紗子の姿が、雨宮の記憶に甦る。
 意識して追い出しているあの夜の千紗子の姿を、今思い出しすのは非常に良くない。
 けれど、一度思い出してしまったそれを振り払うことは、困難だ。
 しかも目の前には当の本人が無防備に眠っている。

 眠っている千紗子に、雨宮は吸い寄せられる。

 (まるで甘い蜜に惹き付けられる蝶のようだな。)

 頭の片隅でそんなふうに自分を揶揄するが、千紗子の引力に抗えず、彼女の顔に唇を寄せた。
 けれど唇が重なるまであと五センチほどの距離の時、千紗子の頬に涙の跡が見えた。

 雨宮はピタリと動きを止める。そして自分の顔をどうにか千紗子から引き離した。

 まだ新しい涙の跡を、そっと拭う。

 「千紗子。」

 優しく声を掛ける。

 「千紗子。」
 
 愛しい人の名前を呼ぶ。

 「千紗子。」

 この想いが叶わなくても、いい。彼女の傷が癒えるなら。
 
 (でもせめて…名前だけは呼ばせてくれ。)

 雨宮がひっそりとそう願った時、千紗子は睫毛を震わせて、その瞳をゆっくりと開いた。


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