Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 「一彰さん…」

 誰も気付かないだろうと思っていたのに、笑っていたのを見られてしまったのが一彰本人だった為、恥ずかしくなった千紗子は眉間にしわを寄せて、「もうっ」と怒った顔を作る。

 すると途端に一彰は、笑い顔を引っ込めて、「びっくりさせすぎたか?怒ってる?」と焦った様子を見せるから、千紗子は偽りの表情を解いて、くすくすっと笑ってしまった。
 
 「怒ってませんよ。でもびっくりして紅茶をこぼすところでした。」

 「すまない。千紗子に火傷をさせてしまうところだったんだな。今度からちゃんと手元を見てからにするよ。」

 (いや、驚かさないで欲しいんですが…)

 千紗子が一彰を横目に見ると、隣の席に腰を下ろそうとしている彼と目が合った。

 「待たせてしまってごめんな。俺も定時で上がろうと思ってたんだけど、ちょうど他館からの問い合わせの電話が来てしまって…」

 「ううん、気にしないでください。私もさっき来たところで、今やっと紅茶に口を付けたところですから。」

 「そうか?なら良かった。焦って火傷しないようにゆっくり飲んで。」

 そう言いながら一彰は持っていた鞄の中から一冊の文庫本を取り出して、読み始めた。
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