Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 一彰は千紗子の腰に手を当てたまま、駅前の大きなツリーやイルミネーションの前を通り、繁華街を横切って住宅街の方へ入って行く。

 そこには駅前の喧騒とは一線を画した、閑静な住宅街があった。

 住宅街、と一口に言っても、今どきの新興住宅地のような似通った家が並んでいるのではなく、ずっと以前からこのあたりに住んでいることが窺えるような、趣のある家ばかりが建ち並ぶ。

 遊歩道沿いに植えられた木々は今は落葉してほぼ丸裸だが、立派な枝が道路に向けて長く伸びて、その道路を挟んで並んでいる家屋は、高い塀に守られているものが多く、どの家も玄関脇や塀の向こう側に樹木の先端部分だけが幾つも見えていて、大きな庭を有していることが見てとれる。
 
 (こんな素敵な通りがあったなんて、今まで気付かなかったわ。)

 わずかな街灯と、月明かりだけがほのかに照らすレンガ敷きの道を、興味深げに見回しながらゆっくりと歩く千紗子に、一彰が小さく声を掛けた。

 「ここだ。」

 一彰が立ち止まったのは、大きな住宅の中では埋もれてしまいそうなほど、こじんまりとした一軒家の前だった。
 
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