天満つる明けの明星を君に【完】
腰まで届く艶やかで真っ黒な髪は美しく、無造作にひとつに束ねられていたが…雛菊はとても神聖なものを見ているかのような目で輝夜を見ていた。


「兄さん、弟に先を越されてしまいましたね」


「うん、俺は別にまだ嫁は要らないし。ところでお前いつ戻って来た?どこに行ってた?」


何故かしっかりと輝夜の手を握っている朔を驚きを持って見ていると、天満は雛菊の隣に立って少し上体を折って耳打ちをした。


「あれ朔兄の癖なんだ。輝兄は目を離すとすぐどこかに行ってしまうから、ああしてどこにも行かないようにしてる」


「へ、へえ…」


「私の話はいいんですよ。天満……出会うべくして出会ったようですね。…分かっていると思いますが、大切にしなければ。お前にとってそのお嬢さんはかけがえのない至宝ですからね」


――それは言い過ぎなんじゃ、と思って顔を赤くした雛菊だったが、何故か朔と天満はとてもまじめな表情で頷いた。

輝夜は一度こくんと頷き、しっかり握られている手を見下ろしてはにかんだ。


「兄さん…」


「話したいことが沢山ある。何故お前は戻って来た?何か起きようとしているのか?」


曇天の空からごろごろと雷鳴が近付いてきた。

雛菊は意味が分からず皆の顔色を窺っていたが――微笑を浮かべている輝夜はともかく、ふたりは神妙な顔をしていてなんだか緊張した。


「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません。その言い方だと私が不吉な象徴みたいでいやだなあ」


「…冗談だ。ちょっとこっちに来い。父様と母様に顔を見せてやれ」


「はい」


朔と輝夜が居間を離れると、雛菊は天満の袖を握って見上げた。


「どういう…こと?」


「輝兄はちょっと特別な力があるから…これから起こるべく出来事を知っているんだよ。でもそれを口にしてはいけない。でも必ずおかしな未来になりそうな者の所へ行くんだ。誰だろう…僕かな?」


「まさか…天満様、何も起きないよね?」


「うん…そうだね、きっとふらっと立ち寄っただけだよ。きっと」


雷鳴がどんどん近付いて来ていた。

雛菊は身体の芯まで響くその音に不安を感じながら、天満の腕に抱き着いた。
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