三途の川のお茶屋さん
十夜は邪魔をしないと言った言葉通り、私に話しかけてくる事も、目線を向ける事すらしない。その気配を消すように、奥の席で静かに仕事をしていた。
カラカラカラ。
開店作業を終えたと同時、『ほほえみ茶屋』の引き戸が開く。暖簾が割れ、今日一番のお客様が入店した。
「いらっしゃ……っっ!」
けれど出迎えの言葉は、最後まで続かなかった。
「ごめんください? もう、いいかしら?」
それはとても優しい、おっとりとした口調だった。
その声を耳にして、暖簾の隙間から現れた顔を見て、意思とは無関係に涙が溢れ出た。
「え、お嬢さん? 泣いているの??」
老齢の女性はオロオロとして、ポケットを探る。
「あぁ、あったわ。さぁ、これでお顔を拭ってちょうだい?」
皺の刻まれた手が差し出したのは、色褪せたハンカチだった。