キスすらできない。




自分の違和感に困惑しつつも、指先に得た飴の感触で少々の冷静の回帰。

これを差し出せばいつも通りの彼女であるだろう。

いつも通りの彼女であれば俺のこの違和感も混乱も鎮静するだろう。

何も変わらない【先生】と【ピヨちゃん】で…

「結婚するって、本当ですか?」

そんな一言に心臓をひと突きにされた感覚に陥った。

別に後ろめたい事などないのに。

抱く必要もないというのに。

まっすぐに向き合う姿に心がざわめいて血の気が引く。

どうしてなんだ?

『しない』と事実に反した言葉が真っ先に口内にまで持ち上がってきているなんて。

「………人の口に戸は立てられぬ…か。お母さんに聞いたの?」

「母が……先生のお母さんに聞いたって」

「そう。……お喋りだな、あの人も」

込み上げていた言葉を何とか飲み込み、代わりに発したのは肯定の言葉だ。

嘘をついたところで意味はない。

嘘をつく必要もない。

俺が彼女に後ろめたい感情を抱く必要は何もない。

理屈を言えばそうである筈なのに。

なんで……

なんでこんな……音を発する度にキシキシと心が痛むのか。

「先生、」

「ん?」

あ……この顔……知ってる。

「結婚……おめでとうございます」

ピヨちゃんの嘘をつく時の顔。

「先生は優しいから……きっと素敵な旦那様になれます」

何かを我慢する程の笑顔。

「っ……幸せになってくださいね」

コレが真実だと言わんばかりの嘘つきにぶれない眼差し。

『どうか不幸せに…』

そう叫ばれた気がした。

愛おしさを呪いの様に。

呪いであり告白であり。

告白であり呪いであり…。



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