千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
それからというものの、黎はいつも以上に気合いが入り、百鬼夜行は順調そのもので、当時手を焼いていた敵対勢力の壊滅にも成功した。

成果を上げればすぐ幽玄町に戻って神羅と共に時を過ごすことが日課になり、神羅は悪阻にてこずって床に臥せることが多かった。


「お前本当に大丈夫なのか…?」


「大丈夫、です…。本当よ、以前にもこうして悪阻が酷かったけれど、独りで耐えられましたから」


…独り。

そう聞いた黎の表情が後悔に歪むと、神羅は慌てて手を伸ばして黎の大きな手を握った。


「ですが今は傍に居てくれるのだから本当に大丈夫。それより黎…」


庭に通じる障子を開けていたのだが、雨竜が何か言いたげににょろにょろ行ったり来たりしているのを神羅が指すと、黎は腰を上げて縁側に座って雨竜を呼び寄せた。


「どうしたんだ?」


「良夜…あの…俺身身体が痒くって…」


「!脱皮か?次はどう進化する?」


「次が最後だと思うんだ。で、俺…どうなるかなあって…」


爆発的な成長に伴って自我を失うものが多いという九頭竜。

雨竜がそうならないよう注視するつもりだった黎は、束子で身体を擦ってやりながら優しい声で問うた。


「何かしてほしいことはあるか?」


「脱皮する時誰にも見られたくないんだ。だからここに家を建ててほしい。納屋みたいなやつでいいから」


「分かった、裏庭に作らせよう。雨竜、大丈夫だぞ。俺が傍にずっと居るからな」


万が一自我を失った時、成体した雨竜と戦わなければならない可能性もある。

それだけは何とか避けたい黎は、不安そうにしている雨竜の頭を撫でて笑った。


「成体したお前はさぞかしかっこいいんだろうな。だが大丈夫だぞ、見事俺が乗りこなしてやる」


「!俺の背に!?俺、頑張るっ!」


力いっぱい身体を擦ってやると、嬉しさのあまり腹を見せて転げ回る雨竜に神羅と共に目を細めて無事の成体を祈った。
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