千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
雨竜の言う通り、屋敷の裏から少し丘を上がった平らな場所に納屋もどきを建てた黎は、中に入って広さを確認した雨竜が出てくると、しゃがんで腕を組んだ。


「どうだ、気に入ったか?」


「うん。後ね、俺が出てくるまで入らないで。でね、もし俺がおかしくなったら良夜…俺を殺…」


「殺さない。俺は狼という右腕が居て、雨竜という左腕を得る予定なんだ。お前が自我を失いそうになったら拳骨で殴ってやるから心配するな」


「うん!」


少し悪阻が治まって一緒について行っていた神羅を中心にぐるぐる円になって鎌首をもたげた雨竜、再度懇願。


「美月!卵は俺が守るからな!」


「はい、お主も無事にそこから出てくるのですよ」


雨竜がそう言い残して建屋の中に入って行くと、黎はつい心配になってその場にどっかり腰を下ろした。


「黎、そんなでは雨竜が落ち着きませんよ。屋敷に戻りましょう」


「いや、だが…」


「雨竜のことも心配でしょうが、私の心配をしてくれないと…拗ねますよ」


可愛らしいことを言われてつい抱きしめようとすると、するりと腕の中から抜け出られて唇を尖らせた。


「良夜様、俺とか百鬼が交代でここに詰めるから美月の心配してやってくれよ」


「そうか?分かった、じゃあ屋敷に戻ろう。腹を摩ってやる」


「今はどうともありませんから結構です」


相変わらずのつれない態度ににやにやしつつ何度も振り返りつつ屋敷に戻った黎は、神羅のために薬師に言われた通りの手順で薬を煎じて神羅に飲ませた。


――前世では神羅に会いに行った時すでに子が産まれていた。

今回こそは絶対に見逃さないと意気込む黎は、百鬼夜行に出るまで片時も離れずふたりで雨竜を案じた。
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