千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
自我を失った雨竜が盛大に暴れた結果――その山のような巨体は幽玄町に住む住人達も知るところになり、一時騒然となっていた。

だがそこは妖が治める町に住む者たちで、すぐ落ち着きを取り戻したものの、屋敷に通じる門の前には人だかりができていて、百鬼たちが諫めていた。


「あれは我らの仲間だから心配するな」


「ですが…」


押し問答をしているうちに黎たちが裏山から下りてくると、その光景を目にして彼らに歩み寄った。

本来幽玄町を治める主に会える機会など一生に一度あるかないかで、美しくも妖しく眩いものを目にした住人たちは一斉に膝を折って首を垂れた。


「いや、普通にしてくれ。さっき見ただろうが、あれはこれだ」


あれだのこれだの言われて恐る恐る顔を上げた彼らは、黎の肩に小さめの蛇が乗っているのを見てさらに怪訝な顔になり、黎を笑わせた。


「ちょっと裏山を壊したがこの通りもう暴れることはないし、安心してほしい」


「ごめんなさい!」


雨竜が謝るとさすがに百鬼夜行の主の言葉を信じぬ者はなく、彼らがその場を後にしたのを見届けてから背後に控えて――いや、隠れていた神羅と共に屋敷に戻った。


「ねえ美月、俺のこと兄ちゃんって言ったよね?」


「ええ言いましたよ。お主は私と黎の子の兄代わりとなり、いずれこの子の補佐もしてもらいます。あくまでお主が良い子にしていたらの話ですが」


「俺!良い子にする!俺に任せて!」


びちびち尾を振って黎の肩を叩きまくって興奮する雨竜の頭を撫でた神羅は、緊張から解かれて再び悪阻に襲われると、黎の袖を引っ張った。


「黎、気分が…」


「ん、床まで連れて行ってやる。しかし俺が居る間に雨竜が成体になって良かった。見たか?口から光のような炎が…」


童のように目を輝かせて雨竜を語る黎にまた呆れつつも笑顔が可愛らしくて、それを子守歌にしながらうとうとした。
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