千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
数時間が過ぎた時、さすがに不安を覚えた諸が庭に佇んで鶏に餌をやっている黎に声をかけた。


「あの…娘は大丈夫でしょうか」


「俺の息子が娘に手を出したと言いたいのか?悪いがあいつにそんな度胸はない」


「い、いえ、そうではなく…」


あまりにも黎が悠々と構えていたため、どうしたものかと明日香の両親が顔を見合わせた時――客間に桂が戻って来た。

ひとりで戻って来たため失敗だったのかと諸が腰を浮かした時…

桂の背中に隠れるようにして明日香が入って来ると、諸は久々に明るい場所で娘の顔を見て驚きに目を見開いた。


「明日香…お前…!」


「お父様…」


「俺が祓いました。もう娘さんは大丈夫です」


――祓ったと桂が言ったため一瞬黎が眉を上げた。

隣に居た神羅は思わず黎の袖を握ってつま先立ちになって黎の耳元で囁いた。


「何も憑いていないのではなかったの?」


「そうなんだが…どういうつもりなんだか」


黎と神羅もまたこの時はじめて明日香の顔を見たのだが、とても可憐でいて芯の強そうな若い娘で、年頃は恐らく桂と同じ位。

思わず黎が鼻の下を伸ばすと、神羅は黎の耳を思いきり抓って耳元で強く囁いた。


「色目を使うと殺しますからね」


「いやいや、あんな可憐な娘さんが桂の嫁になるのかと思うとつい、な」


客間に戻った黎と神羅は、ふたりがしっかり手を握り合っているのを見て――桂が探し求めていた女が見つかったのだと確信した。


「憑き物が取れたか。娘さん、気分はどうだ?」


「は、はい。あの…桂様に良くして頂いて…その…」


頬を赤らめた明日香に諸はまさかと思いつつ、にこにこしている桂を凝視した。


「さて諸、これからの話をしよう」
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