しあわせ食堂の異世界ご飯2
「――――っ!」
 そして続けられた言葉に、ひゅっと喉が鳴る。
 アリアの後ろにいるリベルトとローレンツは、何も言わない。アリアのくだす判断に、口を挟むつもりはないのだろう。
 アリアがシャルルを見つめていると、ぽたりと大粒の涙が地面を濡らした。
 シャルルは力弱く、「いけません」と首を振る。
「駄目です、アリア様。だって私は、アリア様を守ることができなかった。それなのに騎士なんて、私にはもったいなさすぎるお言葉です……っ!」
 シャルルは浅く呼吸を繰り返して、決してイエスとは言わない。
「どうか、どうかその短剣はおしまいください」
「…………」
 アリアの手にしている短剣は、生まれたときに与えられた大切なものだ。
 しかしそれは、たったひとり――己の騎士を見つけたときに、捧げるための印でもあるのだ。
 そんなものを受け取る資格なんてない……シャルルは、そう思っている。
 けれど、引き下がる気がないのはアリアだって同じだ。
 互いに一歩も引かず、これではらちが明かない。
 意志の強いふたりを見ていたリベルトが、くすりと笑ってアリアの隣へやってきた。
「シャルルがアリアの騎士を拒むというのであれば、私がアリアの騎士になろう」
 リベルトはアリアの手を取って、その甲に優しく口づける。
「リベルト陛下!?」
 誰かに誓う騎士になるために、身分は関係ない。
 平民であろうと、貴族であろうと、それこそ王族であろうと――その名を捧げて騎士の誓いを立てられる。
 だからリベルトは、アリアのものになるため名乗り出たのだ。
 でも。
「駄目、駄目です! たとえ皇帝陛下だとしても、アリア様の騎士になんて私は認めません!! だってアリア様のことは、私がずっと守りたいのに……っ!!」
 荒らげたシャルルの声に、リベルトは目を細める。
「なんだ、簡単に本音が言えるではないか」
「……っ!」
 不敬罪になるかもしれないのに、必死で嫌だと告げたシャルルにリベルトはいとも簡単に言葉を返す。リベルトは、シャルルがイエスと言えるように焚きつけただけだ。
 まあ、これで騎士になれたらそれはそれでいいと思っていたことも事実だけれど。
「シャルル……」
 アリアはしゃがんで、ぎゅっとその小柄な体を抱きしめる。
「アリア様……」
 シャルルもぎゅっと、抱きしめ返す。
「本当に、本当に私がアリア様の騎士でいいんですか?」
「シャルル以外なんて、考えられないわ」
「……はいっ」
 ふたりで泣きながら見つめあって、顔をくしゃっとするように笑う。
 アリアは短剣をシャルルの肩口に軽く載せて、騎士としての誓いの言葉を口にする。

「私の名はアリア・エストレーラ。シャルル、我が剣となり、凍えるような寒さすら斬る光となりなさい」
「アリア様の自由を守るため、私は何物にも屈しない光の剣となりましょう」

 シャルルの言葉を聞いて、アリアは短剣を差し出す。
「私が、アリア様の騎士……っ」
「侍女でもあるけどね?」
「もちろんです。騎士で侍女なんて、きっと世界のどこを探しても私だけです!」
 それがとても誇らしいと、シャルルは笑顔で告げる。
「……騎士の誓いは、リベルト・ジェーロが立会人だ。さあ、早くしないと大会の制限時間になるぞ」
「――あ」
 リベルトの言葉を聞いて、アリアとシャルルは同時に口を開く。
 そうだ、今は大会の途中だったのだ。
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