しあわせ食堂の異世界ご飯2
 コトコトお米を煮込む音が、深夜のしあわせ食堂の厨房に響く。
 今、アリアの部屋ではシャルルがリントの様子を改めて確認してくれている。アリアは邪魔にならないよう、消化のいい料理を作っているところだ。

 大根をすりおろしていると、シャルルが厨房へやってきた。手にはオケとタオルがあるので、リントが体を拭いたりしていたのだろう。
「アリア様、リントさんは意識もはっきりしているので、もう大丈夫そうですよ」
「本当? よかったぁ……心臓が止まるかと思ったわ」
 ほっと息をついて、「ありがとう」とシャルルにお礼を言う。
 シャルルはアリアの隣にやってきて、料理を覗き込む。まだ夜ご飯を食べていなかったので、シャルルもお腹を空かせているのだろう。
「もうすぐできるわ。シャルルの分も用意してあるから、たくさん食べてね」
「はいっ! アリア様の料理を毎日食べれるのは、本当に贅沢ですね」
 嬉しそうに微笑むシャルルに、アリアも笑みを返す。
 そして、少し戸惑いつつもアリアはリントに何があったのだろうとシャルルに問いかける。
 誰かと喧嘩をしたのだろうか、それとも一方的にやられてしまったのだろうか。
 知りたいことは、たくさんある。
 シャルルは少し考えながら、ゆっくり口を開く。
「怪我はしていないので、戦ったりはしていないと思います。服や頬に土がついて汚れていたのは、あそこで倒れてしまったからみたいです」
 てっきり襲われたのだとばかり思っていたアリアは驚いて、ならどうしてあんなことになっていたのかシャルルに聞く。
「……って、聞かれてもシャルルが困るわよね。リントさんに、直接聞いてもいいのかしら」
 ごめんなさいと謝るアリアに、シャルルは「いいえ」と首を振る。自分の大切な人が倒れていたら、誰だって同じような反応になるだろう。
「私が思うに、リントさんのあの症状は……毒だと思います」
「毒……? 確かに、よく盛られるって言ってたものね」
 となると、王城で出た食事に混入されていた可能性も考えられる。いや、おそらくその可能性が高いだろう。
 アリアは口元に手を当てて、どうするべきか悩む。
(王城へ帰るのは、もしかして危険?)
 かといって、外へ放り出すわけにもいかない。
 安全なところはどこだろうと考えて、宿屋もこの世界ではオートロックのようなセキュリティはないし、正直に言えば不安だ。
 ゴリゴリすりおろしていたら、大根が全部なくなってしまった。
「あ、いけない。料理の途中だった」
 お鍋の中に大根おろしを入れていると、シャルルが食糧庫からキノコを持ってくる。それを水で洗って、アリアへ差し出した。
 ピンク色をした、ファンタジーなキノコだ。
「これって、シャルルがキノコ大会で収穫した珍しいハレル茸っていうキノコよね?」
「そうです。以前騎士団で習ったんですけど、このキノコには毒を浄化する成分があるんです。だから、ご飯に入れた方がいいかと思って」
「え、そんな効能があるの!?」
 それは知らなかったと、アリアは驚く。
 ハレル茸は比較的寒い地域で育つので、温かいエストレーラ周辺では生息していないのだ。シャルルもキノコ大会に参加して初めて見たのだという。
「知識として、山や森で採取できる食べられるものは把握しています。何かあったとき、生存率がぐっと上がりますから」
「なるほど……」
 ただ体を鍛えているだけかと思っていたが、アリアが思っていた以上に騎士団では座学の勉強もしていたようだ。
 アリアはキノコを受け取り、刻んで土鍋の中へ入れる。
(毒が浄化されるのはいいけれど、味はどうなんだろう?)
 少し煮てからスプーンですくって、アリアはぱくりと口へ含む。
「あふっ! 熱いけど、んんっ、深みがあって、ちょっと甘めかな? 美味しい!」
「アリア様は、本当に何でも口へ入れますよね。すごーくまずかったらどうするんですか」
「それも料理の醍醐味よ。美味しかったから、大丈夫」
 アリアは昔から、知らない食材や調味料を見つけては口へ入れてしまうような子供だったのだ。
 最初は両親や使用人たちが慌てて止めたが、激辛食材を食べても嬉しそうにしているので、みんなもうあきらめた。
「仕上げに卵を入れて……っと」
 優しくお玉でひと混ぜ。

 本日のメニュー、『心と体に優しいみぞれ雑炊』の完成だ。
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