しあわせ食堂の異世界ご飯2
 ――ジェーロの皇帝は、冷酷だ。
 これは、アリアがまだエストレーラにいたころ聞いたリベルトの噂。村を焼き、臣下の首を斬り、街の税金は絞りつくすほど高い。
 けれど実際は、戦争を終えて体力のないジェーロが他国に攻め入られる隙を与えられないよう、あえて流している嘘の噂だった。

 もしかして、今のリントが口にした言葉も嘘なんじゃないだろうか。
 アリアはじっとリントの瞳を見つめる。
「な、なんだ……?」
 リントの瞳が少し揺れて、視線を逸らす。
「嘘ですね」
「!」
 きっぱりと、アリアは言い放つ。
 何かやましいことがあるのでしょう? と、アリアは問いかける。そして同時に、その原因も一緒に伝える。
「推測にすぎませんが、私を事件に巻き込みたくなくて、冷たくしてるんですよね?」
「…………」
「毒で苦しんだリントさんは、自分の近くにいると私も危険が及ぶかもしれないと思って……突き放した」
 黙り込んでしまったリントに、アリアは「正解ですか?」と問いかける。
 しばらくの沈黙のあと、長く息をはいて、リントはゆっくり口を開いた。
「……ああ、正解だ。ここへも来ないようにしていたのに、アリアは自分からどんどん俺のところにやってくる」
 リベルトは、アリアを危険に巻き込みたくないので騒ぎが落ち着くまであまり関りは持ちたくなかったのだと素直に告げた。
「でも、ローレンツと合流する予定だったのも本当だぞ? さすがに、何の策もないまま動いたりはしないからな」
 理由はアリアの言った通りだったので、苦笑している。
「ひとまず、この話は終わりです。みぞれ雑炊を作ったので、ご飯にしましょう」
 アリアは笑って、雑炊をすくったスプーンをリントの口元へ差し出した。いわゆる『あーん』というものだ。
「じ、自分で食べられる」
 スプーンの雑炊をふーふーしながら、アリアはきょとんとした表情でリントを見る。その顔には、何を言っているの?と書いてあるのがリントにはわかった。
 心配したのだから、これくらい甘んじて受けろということなのだろう。
「アリア、恥ずかしいからやめてくれ」
「嫌でーす。私が心配した分だけ、甘えさせてください」
 ぷくっと頬を膨らめて、即座に却下する。
 リントは困り顔で、これじゃあどっちが甘えているのかわからないなと思う。一般的に見て、甘やかしているアリアと甘やかされているリントに見えるのではないだろうか。
「はい、あーん」
「…………あー」
 観念したのか、リントは長い沈黙のあとに口を開く。
 ぱくりと食べたのを見て、アリアは満足そうに微笑む。
「味はどうですか?」
「……美味い。これは米を煮込んでいるのか? 初めて食べた」
 雑炊の汁を吸った米はしっとりふっくらしているし、少し粗目にすってある大根おろしは触感が残っている。卵は柔らかくて、優しい味が口いっぱいに広がってくる。
 それに何より、疲れた体でもすんなり食べられるのがいい。
 リントの体はもっと食べたいと、みぞれ雑炊を求めるのだ。リントは無意識のうちに、口を開く。
「体調が悪いときとかに、食べやすいですよね」
 リントの言葉を聞きながら、アリアはふたくち目を運ぶ。美味しそうに食べる姿を見て、よかったなぁと涙が出そうになる。
(でも、雑炊を食べるのが初めて……って)
 小さなころ、風邪を引いたり具合の悪いとき、作ってくれる人がいなかったのだろうか。両親とは言わなくても、料理人はいたはずだ。
 それすらもないのは、悲しい。
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