しあわせ食堂の異世界ご飯2
 リベルトはうなりながら頭をかいて、むすっとした顔でアリアを見る。
「……はぁ。リントに妬いてしまいそうだ」
「どっちもリベルト陛下じゃないですか」
 不満そうなリベルトの声に、アリアは笑う。
 同一人物なのだから、どちらでもいいではないか。けれど、リントはリベルトの本名ではない。
 皇帝であるリベルトも甘やかされたいのだろうか? 難しいなぁと、アリアはリベルトの頭を撫でる。
「どっちも同じなんですから、一緒ですよ」
 リベルトもリントも同じだと主張すると、アリアの方へリベルトの顔が近づいてきた。
「なら、私のことも敬称なしで呼んでみろ。たった今、『リント』と呼び捨てたように」
「……っ!」
 そう言ったリベルトは、ぐっとアリアの方に体重をかけソファへ押し倒す。
「わわわっ!」
 柔らかなソファへ押し倒されて、アリアの体がリベルトの体重をかけられていることもあって沈んでいく。
 リベルトの体が触れたところから、ドキドキしてくる。このままでは、心臓が破裂してしまいそうだとアリアは思う。
 もがいてみるが、抜け出せそうにない。
(うあ、リベルト陛下……力、強い)
 ぐぐぐっとリベルトの胸を押し返すが、鍛えているからアリアのひ弱さではびくともしない。
「リベルト陛下、駄目ですってば!」
「なんだ、呼べないのか?」
「呼べるわけないじゃないですか!」
 大帝国の皇帝を呼び捨てにしろなんて、そう簡単にできるものではない。
 婚約しているならまだ頑張れたかもしれないが、今は結婚を口約束で交わした子供みたいなものだ。
「私への意見は容赦なくするくせに、名前は呼べないのか、この口は」
 リベルトの右手が、アリアのあごへ触れる。そのまま人差し指と親指で唇を寄せられて、タコの口みたいにさせられた。
「ちょっひょ、にゃにするんでひゅか」
「ふっ」
 アリアが必死で止めるよう抗議すると、リベルトがツボに入ったのか声に出して笑う。肩を震わせているので、重症だ。
「みょー、やめてくだひゃい」
「その状況で、ふ、喋るな……っ」
「りべるひょへーかがつまんでりゅんじゃないでしゅか」
 そんなことを言うなら手を離せと、アリアはリベルトを睨みつける。タコ口で。
「まったく、面白い顔をする」
 そう言って、リベルトは優しくアリアにキスをする。
 ちゅっと優しく触れるだけ、それを何度か繰り返していく。タコ口のままなので、上唇をはむっとくわえたり、なんだかリベルトは楽しそうだ。
 口づけられているアリアはと言えば、ドキドキするのを隠すこともできず必死で目を閉じている。
「うーうー!」
 いやいやと首を振ってみるけれど、そんなことをしてもリベルトら止まるはずもないのに。 むしろ、もっと――。
「ああもう、可愛いだけだな」
「んむ……っ!」
 そう言ったリベルトは、右手を離すのと同時に噛みつくようにアリアへ口づけた。
 まるで獣のようなそれに抵抗を試みるが、体がソファに沈んでいるので何もできずされるがままだ。
 長い長いキスのせいで、部屋の中にはアリアの吐息が響く。
「……ん、ふぁ」
 リベルトに下唇を吸われて、ぞくぞくしたものが背中を走る。何度かキスはしたけれど、こんなに濃厚なものは初めてだ。
 アリアがぎゅっと抱き着くと、リベルトも優しく抱きしめ返してくれる。
「ん……あ、ゆき?」
 唇が一度離れたので空気を取り入れて、アリアがくすぐったさから逃げるように横を向くと、窓越しに降る雪が見えた。
 リベルトも視線を窓に向け、雪を見る。
「寒いわけだな。アリアはエストレーラ出身だから、雪は初めてか?」
「……エストレーラは暖かい国で、雪は降りませんからね」
 前世で見たことはあるが、今生では初めてだ。
 なので、アリアはこくんと頷き、幸せだなと思う。
「初雪がリベルト陛下と一緒なんて、すごくロマンチックです」
 それはリベルトも同じ気持ちで、アリアと一緒にソファに寝転んでその体をぎゅっと抱きしめる。
「まだ対立派閥との決着や、やらなければいけない処理はあるが、遅くならないよう迎えにいく」
「はい」
「だから、私がしあわせ食堂へ行ったときは……またとびきり美味しい料理を出してくれ」
「もちろんです。美味しいと喜ぶ顔を見られるのが私も一番幸せですから」
 リベルトを甘やかすのは、今日だけだ。
 次にこうしてあげるのは、アリアのことを迎えにきてくれたときになる。
 だから今はいっぱい甘やかしてあげようと、優しくリベルトの背中を撫でる。抱き合っているので、互いの体温が服越しに伝わってきて温かい。
「私も、こうやってアリアと触れ合うことができるのは幸せだ」
「リベルト陛下……」
「こんな風に、誰かと想いあうとは想像もしたことがなかったからな」
 リベルトはアリアを抱きしめる腕に力を込めて、抱き込むように、アリアの髪にすりよる。
「アリアの匂い、好きだ」
「匂い、ですか?」
 王女として振る舞うときは香水を使用しているけれど、今は何もつけていない。つまりリベルトが好きだと言ってくれたのは――と、そこまで考えてアリアは頭を振って思考を打ち消す。
「わっ、なんだ。髪が頬に触れて、くすぐったいぞ」
「リベルト陛下が、変なこと言うからです!」
「怒っても可愛いだけだ」
 恥ずかしくて暴れるアリアに、リベルトは愛しさを感じる。そしてもう一度だけキスをして、抱き合って。
 生きている証である心臓の音が、まるで子守歌のようで。

 抱き合ったままふたりが寝てしまい、呼びに来たシャルルとローレンツに大慌てするのはもう少し後の話だ。 
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