水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(なんだか、別の国に来たみたい)

 とはいえ、男に言葉が通じているし、日本国内であることに間違いないだろう。ちょっと特殊な地域に流れ着いてしまったのだろうか。これだけ異国ムードが漂うところなら、国民の誰もが知っていそうだが。

 男が大通りに出ると、すれ違いざまに声を掛けてくる人間が現れた。額が見えるほどに短く切り揃えられた灰色の髪と、左右バラバラにつけられたシルバーピアスが印象的な男性。

 彼は目を丸くし、波音を抱える男のことを『団長』と呼んだ。どこかの組織に所属している者同士だろうか。

「滉《こう》、今から買い出しか?」
「はい。そうですけど……その女の人、どうしたんですか?」

 通行人の邪魔にならないよう、互いに通りの脇へと移動した後、滉と呼ばれた男は波音を指さしてそう言った。

 滉の怪訝な顔に対し、波音は苦笑いを浮かべるしかできない。水着姿で碧に抱きかかえられているとなれば、疑問に思って当然だ。

「水明海岸で溺れていたのを拾った。今から、渚《なぎさ》のところで診てもらうつもりだ」
「そういうことですか。でも、わざわざ渚さんのところに連れて行かなくても、その辺の医者に預ければいいじゃないですか」
「まあ、そうなんだが。こういう恩は、売れるうちに売っておかないとな」
「はあ……。面倒事になるのは御免ですよ」
「大丈夫だ。お前に迷惑は掛けない」

 男が不敵な笑みを浮かべると、滉は盛大に溜め息をついた。せっかくの忠告を、上司が聞き入れてくれない、といったところか。

 滉は波音を一瞥《いちべつ》し、しぶしぶと男に低頭《ていとう》した後、より賑やかな声がする市場へと去って行った。
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