水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(あの人には、あまり良く思われてない感じだけど……)
波音は、気まずい思いをしながらも、男の助けを無下《むげ》にするわけにもいかず、黙っていた。「恩を売る」とか、計算高い台詞も聞こえたが、親切にしてもらっていることには変わりない。
気を取り直し、波音は勇気を出して男の名前を聞くことにした。
「あの、お名前を伺っていいですか?」
「人に名前を聞く時は、自分から名乗る。親に習わなかったか?」
「あっ、すみません……。波音です。姫野波音、といいます」
「深水碧、だ」
「……え」
波音は息をするのも忘れて、男の顔を食い入るように見つめた。『ふかみあお』と聞こえたはずだ。
世の中には、同姓同名の人間が複数存在する。それは知っていても、その偶然を目の当たりにすると、にわかには信じられないものだ。
どう書くのか教えてもらったら、波音の初恋の相手である『彼』と同じだった。
「どうした? そんなに珍しくもないだろう?」
「あ……いえ。知っている人と、全く同じ名前だったので。びっくりしただけです」
「なるほどな。まあ、そういう偶然はあるものだ」
「そう、ですよね……」
波音の知る『碧』と名前は同じでも、容姿と声、話し方や性格も全く異なる。似ているところを強いて挙げるなら、困っている人を助けようとする温情だろうか。
ただ、『こっちの碧』の場合、波音に恩を売ろうとしているのだが。
(碧兄ちゃん、生きていたら二十八歳だし。歳は近いかも)
過去の碧を思い出し、目の前の碧と重ねてみた。やはり似ても似つかないが、碧の外見から、二十代後半であると波音は予想する。
さすがに年齢までも質問するのは憚《はばか》られ、碧が目的地に着くまで、波音は黙っていた。
波音は、気まずい思いをしながらも、男の助けを無下《むげ》にするわけにもいかず、黙っていた。「恩を売る」とか、計算高い台詞も聞こえたが、親切にしてもらっていることには変わりない。
気を取り直し、波音は勇気を出して男の名前を聞くことにした。
「あの、お名前を伺っていいですか?」
「人に名前を聞く時は、自分から名乗る。親に習わなかったか?」
「あっ、すみません……。波音です。姫野波音、といいます」
「深水碧、だ」
「……え」
波音は息をするのも忘れて、男の顔を食い入るように見つめた。『ふかみあお』と聞こえたはずだ。
世の中には、同姓同名の人間が複数存在する。それは知っていても、その偶然を目の当たりにすると、にわかには信じられないものだ。
どう書くのか教えてもらったら、波音の初恋の相手である『彼』と同じだった。
「どうした? そんなに珍しくもないだろう?」
「あ……いえ。知っている人と、全く同じ名前だったので。びっくりしただけです」
「なるほどな。まあ、そういう偶然はあるものだ」
「そう、ですよね……」
波音の知る『碧』と名前は同じでも、容姿と声、話し方や性格も全く異なる。似ているところを強いて挙げるなら、困っている人を助けようとする温情だろうか。
ただ、『こっちの碧』の場合、波音に恩を売ろうとしているのだが。
(碧兄ちゃん、生きていたら二十八歳だし。歳は近いかも)
過去の碧を思い出し、目の前の碧と重ねてみた。やはり似ても似つかないが、碧の外見から、二十代後半であると波音は予想する。
さすがに年齢までも質問するのは憚《はばか》られ、碧が目的地に着くまで、波音は黙っていた。