水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「碧! 遅かったわね……って、誰よ!? その女!」
「ひっ」

 波音は息を吸い込んだまま、ぴたりと呼吸を止めた。突然現れた男に、睨みつけられたからだ。いや、碧に向けられていた黄色い声が、突然重く低くなるのだから、正確には敵視されていると言ったほうがいいだろうか。

 滉といい、今度の彼といい、なぜこんなにも歓迎されていないのかと、波音は悲しくなってくる。

「ちょっと散歩に出たくらいで大袈裟《おおげさ》な。渚、こいつを診てやってくれ」
「ええっ! なんで私が!? ちょっとあんた、碧とどういう関係!?」
「へっ? いや、あの……助けてもらっただけです……」

 なるほど、彼が渚なのだ。怯えてしまい、詳しい説明ができなかった波音に代わって、碧が要点だけを淡々と話した。

 渚は、碧の言葉であれば静かに聞くようで、しぶしぶながら波音を受け取って抱える。その短い間に、波音は渚をじっと観察した。

 薄暗い中でも分かる艶やかな金髪。襟足《えりあし》を肩のあたりまで伸ばし、それを後ろで一つに結っている。すらりと伸びた肢体はスタイルの良さを窺わせる。

 化粧はしていないようだが色白で、碧とは系統の違う、儚げな美形だ。丸っこい瞳と二重、長い睫毛が羨ましい、と波音は密かに思った。
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