水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「仕方ないわね……。お人好しの碧のために、一肌脱いであげる」
「助かる。検査に問題が無ければ、電話機を使わせてやってくれ」
「電話……? まあ、分かったわ」

 渚も軽々と波音を持ち上げているところを見ると、男性らしい力強さを感じるものだ。言動や口調からは、碧への好意をひしひしと伝わった。世間で言う『オネエ』なのだろう。

 近年は、テレビなどのメディアでもオープンにしている芸能人をよく見かけるので、波音はさほど驚かなかった。それよりも、波音と碧との間に何もないのだと、もう一度念入りに説明しておくことの方が重要だ。

 波音は渚と碧それぞれに、小さくではあるが頭を下げた。

「渚さん、突然ですみませんが、よろしくお願いします。碧さん、助けてくださって、本当にありがとうございました」
「ああ。電話……はぐれたやつらに繋がればいいけどな」
「え?」

 碧は、「じゃあ任せた」と一言告げて、『稽古場』のプレートが掛かった部屋へと消えていった。波音の心に、靄《もや》が残る。

(なんだか、『電話が繋がるはずない』って言いたげだったな……)

 波音が疑問に思っている間に、渚は稽古場とは反対方向にある通路を進み、『医務室』と書かれた部屋の扉を開けた。

 中は、学校の保健室と病院の診察室を足したような造りになっている。清潔感のある白いシーツの敷かれたベッドが三台、奥に並び、入り口近くには医学書の積み重なった机が置かれてあった。

 その机の前に診察用の簡易ベッドがあり、波音はそこに横たえられる。
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