水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「な、なんでっ?」
「……ふ。分かりやすすぎるだろ」

 碧はまた小さく吹き出した。過去の恋を知られたくらいで狼狽《うろた》える必要はないのだが、碧に変な誤解を与えてしまわないか心配なのだ。名前が共通点であるという理由で、彼に興味を持ったように思われたくない。

 実際、波音は目の前の碧のことを、少なからず意識し始めていた。

「着いたぞ」
「うわあ……広い」

 一軒の白塗りの家に辿り着き、碧は波音を抱えたまま器用にポケットから鍵を取り出した。二階建てのようだ。碧が玄関の扉を開けて中に入り、壁のスイッチを押して照明を点ける。

 十畳は軽くありそうなリビングのある一階と、吹き抜けで繋がった二階に分けられている。中の壁は外と同じく白塗りで、床は石と木材を組み合わせて造られている。

 リビングの奥にはハンモックやトレーニング器具が設置されており、それ以外は物が少なく簡素な部屋だった。しかし、見たところ寝具はハンモック一つしかないようだ。

 波音は一体、どこで休めばいいのか。

(ま、まさか。あの狭いハンモックで一緒に寝る、とかじゃないよね……?)

 波音が青ざめている間に、碧は靴を脱いで家に上がり、二階への階段を進んでいく。天井では四枚のプロペラでできた扇風機が回転しており、二人に柔らかい風を送っていた。

 徐々に、二階の全容が見えてくる。

 一階の約三分の二の広さ。壁際に一台のベッドと簡易な収納棚、クローゼットがある。碧の普段の就寝や着替えのスペースは、こちらのようだ。
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