水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「んっ、んんっ……はっ……はぁっ、はぁっ」
「お前……キス下手だな。鼻で息しないと苦しいだろ」

 ちゅっと音を立てて、碧はようやく唇を離した。解放された波音は、思いきり息を吸い込んだ。

 碧の口調は、波音の下手さに呆れた感じだが、その顔は少し嬉しそうだった。嫌がられているというのに、なぜ喜べるのだろう。

「だ、だって……したことないっ」
「……え」
「結局……私のファーストキスっ……奪ったじゃないですかぁ……!」
「は? 嘘だろ……お前いくつだよ?」
「に、二十四ですっ」

 碧も、これが波音のファーストキスだとはさすがに思っていなかったらしい。目を瞬《しばたた》かせ、動揺している。

 泣き出した波音の手をそっと放し、シャツの中からも手を引き抜いた。

「その……悪かった」

 いくら強引で不遜な碧でも、謝ることができるのだ。そのことに驚いて、波音は僅かな間だけ泣き止んだ。ほとんど力の入らない手で、碧の胸をぺちっと叩く。

「か、返してくださいー! 私の、ふ、ファーストキス……」
「いや、それは無理だろ……。さすがにキスまで未経験とは思ってなかった。っていうか、海岸の件も含めれば、どっちにしても相手は俺になってたし」
「あれはっ……カウント外、です! 碧さんも、言ったじゃ、ひっく……ないですか」
「前言撤回だ。お前の初めての男は俺ってことにしておけ」
「ひっ、ひどい!」

 どこまでも身勝手な考え方。そもそも、碧は女性をなんだと思っているのか。納得のいかない波音がすすり泣きを始めると、碧は波音の頭と頬を、宥めるように撫でた。
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