水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「ああ、滉には言い忘れていたが、こいつをうちで裏方として雇うことにした。今日は見学だ。正式に仕事が始まったら、いろいろと教えてやってくれ」
「……はい? どうして俺が? 俺には迷惑を掛けないって、昨日仰《おっしゃ》ったばかりですよね?」
滉は動揺を示し、その眉間に深い皺を刻む。波音はびくっと肩を震わせた。
「部下を育てるのは上司の仕事だ。滉、お前は副団長だろう」
「ですが……」
「こいつはいい加減な人間じゃない。約束通り、お前に迷惑は掛けないよ」
碧の強い口調は、滉の反論を許さなかった。挨拶をしろと促すように、碧は波音の背中を押して滉の前へと差し出した。
「姫野波音と申します。せ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
「……百目鬼《どうめき》滉だ。仕事で少しでも手を抜いたら、許さないからな」
「は、はい……!」
強く睨まれ、波音は背筋を伸ばして腰を曲げ、お辞儀の後に返事をした。碧が一番の鬼上司かと思っていたが、滉の方が何枚か上手《うわて》かもしれない。
緊張こそしたものの、碧に『いい加減な人間じゃない』と評されたことが嬉しくて、波音は胸を張れた。
(きっと大丈夫……いや、絶対に頑張ってみせる)
波音の天職は、水泳を教えることだ。今でもそう信じている。だが、この世界ではそうも言っていられない。生きていくために働かなければ。
どんなに厳しくて大変なことでも、弱音を吐かずにやってやろうと、波音は心に決めた。
「はあ……俺も休憩行ってきます」
「それがいいわ。滉、あんたちょっとカリカリしすぎよ。外で頭を冷やしてきなさい」
「余計なお世話です」
渚が茶化すように言うと、滉は渚を一瞥もせず、稽古場を出て行った。渚は両手を広げて肩をすくめると、波音に向き合う。
「……はい? どうして俺が? 俺には迷惑を掛けないって、昨日仰《おっしゃ》ったばかりですよね?」
滉は動揺を示し、その眉間に深い皺を刻む。波音はびくっと肩を震わせた。
「部下を育てるのは上司の仕事だ。滉、お前は副団長だろう」
「ですが……」
「こいつはいい加減な人間じゃない。約束通り、お前に迷惑は掛けないよ」
碧の強い口調は、滉の反論を許さなかった。挨拶をしろと促すように、碧は波音の背中を押して滉の前へと差し出した。
「姫野波音と申します。せ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
「……百目鬼《どうめき》滉だ。仕事で少しでも手を抜いたら、許さないからな」
「は、はい……!」
強く睨まれ、波音は背筋を伸ばして腰を曲げ、お辞儀の後に返事をした。碧が一番の鬼上司かと思っていたが、滉の方が何枚か上手《うわて》かもしれない。
緊張こそしたものの、碧に『いい加減な人間じゃない』と評されたことが嬉しくて、波音は胸を張れた。
(きっと大丈夫……いや、絶対に頑張ってみせる)
波音の天職は、水泳を教えることだ。今でもそう信じている。だが、この世界ではそうも言っていられない。生きていくために働かなければ。
どんなに厳しくて大変なことでも、弱音を吐かずにやってやろうと、波音は心に決めた。
「はあ……俺も休憩行ってきます」
「それがいいわ。滉、あんたちょっとカリカリしすぎよ。外で頭を冷やしてきなさい」
「余計なお世話です」
渚が茶化すように言うと、滉は渚を一瞥もせず、稽古場を出て行った。渚は両手を広げて肩をすくめると、波音に向き合う。