水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(もうやだ、この罪悪感……)

 無理を言ってでも、今晩から渚のところで世話になれないだろうかと、波音は思った。少しでも碧から離れれば、もう渚を裏切らなくて済む。

 ただ、それはそれで、なぜか胸がもやもやするのだ。

「でもね……。碧には、心に決めた人がいるみたいなのよ」
「……えっ。そうなんですか?」
「うん。皇族だし、曲芸団の人気者だし、女性ファンも多いのに、浮ついた噂は全くないの。私は碧と出会って九年になるけど、恋人がいたところを見たことがないわ」

 渚が溜め息交じりに呟いたのは、あまりにも意外な情報だった。渚は、玉砕覚悟で告白しようとしているのだ。

「碧さんに好きな人がいるって、どうして分かったんですか?」
「数年前に、好きな人の有無をそれとなく聞いたことがあるのよ。そしたら、『ずっと頭から離れない女の子がいる』って……。あれはショックだったわ」
「そんな人が……」

 波音は衝撃を受けると同時に、憤ってもいた。想い人がいるのに、昨日はなぜ波音に手を出したのか。

 『襲う相手くらい選ぶ』と、女性からすれば最低なことを豪語していたが、いまいち説得力に欠ける。

(相手の人に、私が少し似てた、とか……?)

 渚と一緒になって、波音は「うーん」と低く唸《うな》る声を出した。碧の思考が、全く理解できないのだ。それに伴ってか、波音自身も複雑な心境になった。
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