水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「あの、ずっと気になっているんですけど……」
「どうしたの?」
「碧さんって、どうして曲芸団を始めようと思ったんですか?」

 碧の曲芸団に対する並々ならぬ情熱は、その言葉や行動の端々から感じ取れる。高圧的で居丈高な態度は崩さないが、世界中から仲間を集めるために、骨を折ったこともあったのではないか。

 そうまでして、彼が曲芸団にこだわる理由を、波音は知りたかった。

「碧は、記憶喪失で身分も分からない自分を、優しく迎えてくれたこの国の人たちに、恩返しをしたかったらしいの。その方法を模索して世界へ旅に出た時に、大道芸人に出会って、『これだ』と思ったって言っていたわ」
「それで、ピエロ……なんですね」

 新しいものに出会って感銘を受ける瞬間というのは、波音にもよく理解できる。

 水泳もダンスも、習い始めるまではその良さが分からなかったが、いざやってみると楽しさや奥深さが見えてくるのだ。

「そう。そこから勉強や練習を重ねて、世界中から団員を集めて、曲芸団が軌道に乗るまで七年はかかったわ。今はもう、チケットはすぐ完売になるけれどね。『睡蓮《すいれん》』が世界随一なんて言われ始めたのは、この一年くらいよ」
「スイレン?」
「うちの曲芸団の名前よ。水面に咲く花の名前からとってるの。素敵でしょ?」
「ああ、なるほど。本当にそうですね」

 花の睡蓮くらいなら、波音も知っている。蓮とよく間違えられるが、水辺に咲いている姿は、確かに凛としていて綺麗だ。

 そういう曲芸団を目指して名付けられたのなら、とてもよく似合っている。
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