水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 それだけではない。声も性格も全く異なる。目の前の碧が、あの『碧兄ちゃん』のはずがない。

 波音のように移動してきたのならともかく、『碧兄ちゃん』は既に亡くなっている。もう、生きてはいないのだ。

 単なる偶然だ。同姓同名、同年齢の人間だって、どこの世界にも存在する。碧にはきっと、皇族の兄がいるに違いない。

「なに、馬鹿なこと考えてるの……」

 波音は頭を左右に振った。アルコールが入ったことで、変な想像をしてしまうほどに酔っ払っているのかもしれない。

 苦笑を浮かべていると、波音の独り言がうるさかったのか、碧がのそのそと身じろぎした。

「……帰ったのか」
「す、すみません。起こしましたか?」
「……俺の顔を見ながら、何か言ってただろ」

 目を覚ました碧はぼんやりと波音の顔を見つめ、ゆっくりと数回瞬きをした。

「まさか……逆に襲うつもりだったんじゃないだろうな?」
「ちっ、違います! 碧さんが何か寝言を言っていたので、気になって……」
「寝言……? 俺が、か?」
「『兄貴』とか、いろいろ。お兄さんがいらっしゃるんですか?」
「……は?」

 要領を得ないのか、碧は一旦空中を見つめた後、もう一度「は?」と言った。これではまるで、波音の方がおかしなことを言っている人間のようだ。
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